2/25/2023
国連のロシア非難で「棄権」する理由
2/11/2023
「マスクは個人の判断で」の意味
マスクは着けておくに越したことはない。尾身氏はそれは「当分の間」だと勧告した。「着けなくて完全に」よくなるのはウイルスが天然痘のそれのように完全に絶滅したときだ。残念ながらコロナウイルスではその日はやってこない。マスクを外すリスクはゼロにはならない。
個人の判断で、とはそのリスクをその人なりに考えて、という意味だ。小中学生以下はその個人のリスク判断ができないから、先生の指示に従うことになる。参観の父兄は個人の判断だ。それが大人でも個人の判断ができないので、「マスクの着脱の基準が欲しい」とまたもやなった。
こうなると、箸の上げ下ろしまで、社会の規範に従いたいとする日本人の欠陥だ。着脱基準は他人でなく自分で考えろ、としか言えない。もちろんだが、自分の判断の結果、社会的に指弾を受けるようでは個人の判断が徹底しない怖れがある。岸田首相はそのことが困るので、わざわざ「個人の判断で」と念を押しているのだ。
2/03/2023
ロシアの最終兵器・核兵器は国土防衛的使用になる
プーチン大統領はロシア軍戦意高揚のためスターリングラード(現ボルゴグラード)での対独戦勝利の歴史を強調している。ここでソ連はナチスドイツに反撃開始し、最終的に勝利したと。 国土を蹂躙された、それもナチスからだ、というのはロシア国民の意識を奮い立たせる(記憶のある年寄りだけもしれないが)。
ナチスドイツの後裔は(現)ドイツ連邦共和国だ。そのドイツのレオパルト戦車がウクライナ軍に届いてロシア戦に投入される。ウクライナはネオナチだと決めつけているから、第二次大戦時と何もかも類似していると言うわけだ。
プーチン大統領の核による脅しも冷戦初期の西側NATOの戦略に似ている。戦略核兵器は超大国間の戦争(第三次大戦になる)を避けるために相互確証破壊の考えで配備されたものだ。使わなく相互抑止のために。ところが冷戦初期には圧倒的なソ連軍(通常)戦力を前にNATO側では自陣域にまで大規模侵攻されたときの最終防衛的な核兵器として使用を考えていた。いまは通常戦力では東西バランスが逆転しているからその必要性はなくなっている。
逆にロシア側は露宇戦争でその考えをとることに何か不思議はあるだろうか?攻守ところを替えたので、西側としても理解は示すべきだろう。そこでロシアにとって自陣域まで後退する、ということはどこまでなのだろう。ボルゴグラードまでではないにしても、ウクライナ国境に接する本来のロシア領だろう。それが(第二次)露宇戦争開戦後に自国編入したドンバスの二つの人民共和国とか、第一次露宇戦争後に編入したクリミア半島地域になるかは微妙だ(世界とか自国民に主張できない)。
2/02/2023
フィリピン話二題
日本での強盗グループをルフィを名乗る日本人統括者がマニラの拘置所から差配していて、その便宜を結果的に拘置所が与えていたビックリする話しがあった。
以下に、わたしが前世紀末の昔だが、フィリピン旅行中にビックリした話しを披露したい。
(交通事故後は警察署に駆け込む)セブ島のまっすぐな幹線道路をツアーバスはばく進していた。道路幅は広いが、舗装されているのは往復計で一車線分。対向車が来たらチキンゲームになる。幸い交通量は少なかったが、道路脇で遊ぶ子どもが多く危ないなと思っていたところ、バスはそのうちの一人をはねてしまった。日本なら事故現場をドライバーは保全義務があるが、あろうことかそのまま猛スピードで「逃走」。それは逃走ではなく、近隣の警察署に自首するためだった。現場にいると近隣の人々からリンチ(私刑)にあう危険があるそうだ。警察では旅行者優先で送り届けてから取り調べるとのことだった。
(ホテルでの過剰サービス)送り届けられたホテルでまたビックリ。海岸でくつろいでいたら、制服姿の警官が寄ってきた。話しでは非番でのホテル警備のアルバイトらしい。いきなり拳銃を抜き、「一発1ドル」という。試射をさせるのもアルバイトらしい。日本人は拳銃を撃てることはないので、サービスかもしれない。「高いので」と断った。ツアー仲間のひとり旅女性から、現地ツアーガイドから夜のサービスを案内されたと。一晩○○ドル払えばOKだと。男性がサービスすることになるがそれはガイド氏かもしれない。これもアルバイト兼お客様へのサービスかもしれない。彼女は断ったそうだ(当たり前だが)。
いずれもかなり昔のことだからと追憶・判断していたが、そうではなさそうだ。
1/30/2023
mRNAは不活化ワクチンと感染予防で同程度?
ワクチンは感染予防のために接種を受ける、そのような常識だった。しかし、既接種者でも感染する人が続出して、「重症予防効果もある」とその疑念をそらすようになった。
毎年の季節性インフルエンザ予防ワクチンだったらわかる。その年に流行するであろう型の予測が外れることもあるからだ(少し外れても効果は残る)。新型コロナではたしかmRNAのファイザー、モデルナの両ワクチンの感染予防効果の率は95%程度だったと記憶する。実際は60%程度あるいはそれより低率かもしれない。中国ワクチンと同程度だ。
感染防止効果は対オミクロン株ではあまり期待できなく、ただ重症化防止になる、と発表し直したらどうか?
さらには感染予防効果は実際の使用で何%なのか?感染者データは診察した医師経由で保健所に連絡、集計される。たしかワクチンを接種しているかもそのデータにあった。それを集計解析すれば、既接種者の感染率、未接種者の感染率が算出されて、それらから接種の予防効果が算出される。使う前だったら治験者を集めてデータを集め、認可に至るが、使い始めたのであれば、その効果をレビューするのは訳ないことだ。
ワクチンに不信感を抱く人が多いのも、そのようにデータで示されないからもあるだろう。権威ある人から言われたから信用するという日本人ではない。
1/25/2023
死に際の患者にまでコロナが
「新型コロナウイルス感染症」による死亡は、1万6,756人で、日本人の死因の1.16%でした。(2021年、下記リンク)
日本人全体で1年にざっと百万人以上死亡する。1日に平均すると3,000人程度だ。新型コロナ死は第8波で1日500人がピークだった。死亡者がコロナに罹っていたらコロナ死になるが、逆に見ると、死んだ人の1/6程度がコロナに罹っていた、死に至る最後の人にまでコロナ(オミクロン)はかなりまん延している。延命医療が不可能になるまでの時間が少なくなる悪環境の大きな一つだ。
感染症対策は感染がまん延して医療体制能力をオーバーすることをあらかじめ防ぐことにあるので、このような延命に資することを使命とするものではない。そうしないと大幅に医療選別(トリアージ)をしなければならなくなる。しかしその感染症対策のレベルをいつかは変更・解除しないと社会が保たない。一方、その後でもすべての感染者に十分な医療を提供するのは個々の臨床医の役割なことは言うまでもない。病院内の感染防止はこの観点からだ。
新型コロナは季節性インフルエンザ並みにまでなっていない、との主張はわかるが、感染症対策の対象としてはそのレベルを一段下げるべき時に至っているのだろう(これから検討されるが)。
1/18/2023
習近平中国になって成功物語から外れた
「もう中国でビジネスを展開するのは難しい」と思う企業家などが増えてきているのは間違いない(佐々木氏)
政治の指導があっても、いままでは個々の企業家の判断で、中国から手を引く企業が少なかった。それがゼロコロナでの中国との行き来の困難さとかデカップリングされつつあるサプライチェーンの将来を考えてビジネス展開が「難しい」と判断する企業が多くなれば、経済的にも北朝鮮のような閉鎖国家に戻ってしまうのは必至だ。
ロシアは世界から非難を受けて侵略戦争を始めたので、進出企業が即座に撤退したが、中国は習近平3期目に入ってから徐々に同じことが進むのだろう。第2の鄧小平が必要だが、それらをパージしてしまったので無理だろう。韜光養晦で米国に追いつくまでの雌伏期間をとれとの鄧小平の遺言を守らないからこうなる。世界経済の従属国家である中国にはこれから独自に発展する余地がなくなるだろう。
1/05/2023
中国は政権の無謬性が第一
習政権には、感染拡大を助長する意図があっても、それを食い止めたり緩和させたりするようとする考えは毛頭ない。そしてそれはすなわち、中国政府は今、国内の感染拡大を放任するという極めて無責任な態度をとっていることの、戦慄すべき深層的な理由であろう(石平氏)
中国共産党政権にとってコロナは二の次だ。守らなければならないのは人民の命より政権の無謬性だ。三年前からゼロコロナ政策で成功してきたが、いまや世界経済から隔離したゼロコロナでは社会・経済がもたない。ゼロコロナを解除したら感染は拡大する。政権はそこまではわかっているので、無謬=間違わない、ように感染拡大のデータは一切公表しない、ことにした。たとえ多くの命が奪われたとしても、毛主席時代のように隠せば良い。
国境での検疫措置は外国との関係があるので、あらかじめ間違った場合の責任を外交部報道官の談話にとどめ、検疫政策を改める必要が出るときに備える。中共政権の主席は間違えなかったと。
無謬性は国家元首の備える資質だ。だから日本のように象徴天皇にしておけば、重要政策の責任者の内閣を替えればすみ、政策変更への柔軟性が保たれる。習近平国家主席はなまじ任期制限を撤廃、永久政権にしたことが仇となって、政策を間違えたときに政権が倒れるまでにしてしまった。これが中国王朝の交代メカニズムだ。
日本をはじめ欧米諸国は検疫強化の必要性の説明に、中共のデータ隠蔽体質を理由にした。かのWHOテドロス事務局長も中国寄りを保てなくなった。
1/03/2023
旧統一教会トラブル解決法は最初からズレている
昨年一番のニュースになったのはある母子家庭の不幸のことで、狂信の母親は二男一女の子弟の面倒をほとんど見ないで、ある程度裕福だった家産をほとんどある新宗教に寄付したとのことだった。(そこからの社会へのとばっちりはここでは述べない)
宗教がらみではよくある話しだが、このトラブルの解決は家庭内でするしかない。新規立法でこの母親の財産処分権に制限を加えることは民主主義社会の民法下では無理だ。
例外としては、子弟への最低限の養育もなされなかった、これは児童虐待に当たるので、それらの法律で解決されるべきだ。そして、母親本人の精神状態が自己の財産処分能力を欠いていた、これだったら成年後見制度が必要だ。これらいずれの例外でも新宗教のほうまで法的に問題とすることにはならない。
この事例に限らず、家庭内の財産処分争いは、属する個人同士の関係だけで解決されるしかない。それが親と子との関係だったら、世代間で継承される財産額は継承するほうの親の勝手だ。それが親と言ってもその個人の財産権の考えだ。それではうまくない、と考えるのなら、民法そのものを大改定するしかないだろう。だからといって宗教(法人)法に帰責させる現在の動きでは、法律専門家の責任放棄だろう。立法府議員も法律専門家の一員だ。
新宗教が信者を騙して寄付をさせた、というなら、宗教団体と信者との関係になる。それなら民法なりで争う裁判がその解決方法の唯一だ。違法行為があれば刑事裁判になる。裁判の判決が第三者としても納得できない、というなら、それでは三権分立の立法府を入れ替えて(選挙)、新規の法律を作らせるまで待たないと。
12/25/2022
防衛予算増に必要な税は国全体で確保を
倍増する防衛予算にその財源(増税など)をどうするかが問題になっている。予算査定の財務省の方針は「新規(増額)施策にはセットで財源が必要」としていることからそうなっているのだろう。
予算査定は要らざるを減額査定して、そこで生じた余剰財源で必要な新規施策を、というものだ。だから財務省の前記の方針は査定業務の放棄に等しい。いまは各省庁から予算要求をするにはシーリング(要求限度)が設けられている。各省庁(の官房)に査定を丸投げしているのだ。
防衛省の予算の総額は防衛予算がほとんどだ。その五兆円あまりを倍増させるのは防衛省だけの査定では不可能だ。国全体で歳出をやりくりして増加が必要な五兆円を生み出す。全額ができなければ、さらにはそれとともに新規の財源を生み出していく。これが増税だ。
増税は増税で各税目間のバランスを図らなければならない。かつては直接税が大きすぎたので間接税の消費税を新設、拡充して、これらのバランス、直間比率を理想化(所得税などは減税)した。
いま、防衛費の増額分の一部を法人税で、との議論が主流だが、以上の観点からは歪んだ議論の方向だ。正しくは、防衛費で五兆円膨らむ歳出を全体にわたって如何に縮小するかの歳出改革、そして、その努力だけで一部足りなければ、どこの税目をどの程度増税するのが全体の税負担のバランスの観点からふさわしいかで全体として歳入増を図っていく、の順になるだろう。
かのウクライナでは戦費の確保がまず第一の歳出増とならざるを得ない。歳入は増えるどころではないので、ほかの国民一般向け歳出は当然縮減されてしまう。日本はそれほどの緊急時ではないが、少しは似たような思考方法にならないと、議論が終わることはない。
もちろんだが、GDP2%の防衛予算を確保しても、その中身を防衛力増大に合理的な配分などにする努力は当然だ。


