11/29/2009

国会議員も公僕

 新潟県泉田知事が北陸新幹線の予算追加を拒否し続け、工事が進まない。負担の関係知事の一人が拒否したら、絶対だ。知事とは偉い存在だ、ということが再認識させられた。
 事業仕分けの民主党議員もそうだ。みんながみんな「俺は偉いんだぞ」と主張し始めている。
 仕分けでJICAの職員の出張がビジネスクラスは贅沢だ、と主張するのも「自分のほうが偉いんだ」からだろう。だってその国会議員本人の出張ではそれ以上のファーストクラスの場合もあるからだ。民間の出張はエコノミーだと言うが、民間大手の社長は間違いなく、ファーストだ。
 社会的地位がある人はファーストあるいはビジネスクラスにのらないとかえっておかしいのではないか?官僚であっても。官僚トップあるいはOBの法人理事長でも年俸はせいぜい2,000万円以下だ。民間大手経営者に比べたら数分の一程度ではないか?
 世の中にはバランスというものがある。それらを無視してすべて贅沢だとしたら、社会のバランスというものがとれなくなる。バランス無視を言うなら、官僚も公僕なら国会議員も公僕ではないか?

11/28/2009

国境、土地私有は西洋基準

 吉田敏浩「森の回廊」を読み進んでいる。ミャンマーの辺境民族の悲哀がわかる。ビルマ(辺境民族はそう呼んでいる)の国境付近には隣国にまたがってカレン族とかシャン族など少数民族が住んでいる。国境が英国によって人為的に引かれたためだ。
 西洋の国は西洋にしか通用しない概念を世界に押しつけた。「国境」がそうだ゜。東洋には国境はなかった。緩やかに民族の住む地域が重なり合っていただけだ。土地の私有制もそうだ。日本などには入会地の共有地があって合理的な使用形態にあったが、近代日本国家は西洋の影響下、無理矢理私有化を進めた。
 最近で言えば、ISOとか排出権取引とかも西洋のルールの押しつけではないか。

11/24/2009

予算は人気取りではできない

 事業仕分けの前半半分が終わって後半がスタートするまでの間、菅国家戦略相からコメントが出た。科学技術予算が大胆に査定されていることについて、政府のほうで復活することもあり得る、との言だ。
 最も言ってはいけないコメントだ。事業仕分けチーム(枝野議員)上位の行政刷新会議(仙谷大臣)と長期的な予算方針を決めるべきこの国家戦略室(局)が最終決定を下すのは組織上当たり前だ。それをわざわざ言うのは、マスコミの論調を見て「まずい」と感じたからだろう。仕分けチームの仕事ぶりに悪影響を与える。組織の上下でのコミュニケーションは中でやるものであって、公表したら、窓口の仕分けチームが軽く見られるだけだ。査定される役人側にも。役人も頭はよいから、後半での説明は適当に対応し、マスコミ対策に狂奔するだろう。
 それにしてもマスコミの論調を重視したこの予算編成はありえないのではないか?予算というのは有限の合計額の制約がある利害関係のかたまりで、いままでは財務省と各省庁とで延々と調整してきた苦心の作だと思うが、それを「評判=人気取り」だけで編成するのは無茶だ。

11/23/2009

デフレ対策は公的需要しかない

 菅経済財政担当相によりデフレ宣言が出された。菅氏はデフレ対策には従来の公共事業などの公的需要創出は無効だと言った。日銀の金融緩和策が必要だとも言った。
 民主党の子ども手当の手法についてはまだ議論がなされているが、緊急のデフレ対策にはならないことは確かだ。大部分の親は子供に金がかかるようになる15歳以降に備えて、その手当を貯蓄するであろう。ましてや、金持ちはもともと子どもの養育費は十分だから、手当分を追加支出などしない。すべてが貯蓄に回ったら、創出が期待される有効需要はゼロだ。
 金融対策は限度いっぱいのゼロ金利に近くなっている。それでも日銀総裁に圧力を加えるのは、政治から中立でなければならない日銀の立場を危うくするものだ。そのために日銀法はあるのではないか。
 公的需要を創出することイコール国債の臨時大増発に他ならない。麻生内閣時の二次補正予算を3兆円減額したのはその意味でデフレ促進策そのものだ。

11/22/2009

貧困でテロは起きない、まずは鎮圧、貧困対策はその次

 アフガニスタンで警察官の体制整備に各国が支援している。その警察官がタリバンの方につながっていて、英国軍の兵士に犠牲が出ているという。鳩山政権はその警察官支援を充実することにより、給油支援を止めたいらしい。
 2009.3.15に文痴は書いたが、貧困でテロは起きない。米国に対する同時多発テロは大変な被害をもたらしたが、テロを起こす方だって、長期の準備などに多額の資金が必要だったはずだ。オサマ・ビンラディンはサウジアラビアの大変な富豪の出身らしいし、そもそも、アラブでテロが多発するのは石油という金のなる木があるからだ。パレスティナのハマスもそれらから援助されるから武器が買える。
 一方、アフリカの最貧国でも内戦は続いているが、国外にまで拡大することはない。金がなければ、程度は知れている。アフガニスタンのタリバン対策は兵糧詰めにすることが一番だ。タリバンを弱体化してから現地政府の出番となり、各国も貧困対策の援助が出来るようになる。

11/17/2009

財務省主計局は何をしている

 事業仕分けは財務省の陰謀だ、という噂がある。なるほど、今までは族議員の圧力下で、各省の要求を押し込まれてはいた。
 しかし、いまは民主党政権下だ。自民党の族議員はいたとしても力はない。民主党の族議員は育っていないし、小沢幹事長の方針で族議員は出てこないだろう。事業仕分け作業はもともと財務省主計局の仕事だ。自民党政権下では経済財政諮問会議で予算編成の基本方針を決めたので、最終的に内閣の予算案となった。民主党政権下では、このあと国家戦略局(いまは室)で内閣案にまとめるのだろう。
 

11/16/2009

事業仕分けはPRとしての意味しかない

 事業仕分けが447事業について精力的かつ革命的に行われている。しかし、びっくりすることはない。このチームに事業存廃までの権限はない。この仕分け作業のあと、行政刷新会議で全体的な観点から調整が行われるだろうし、予算要求は各省庁大臣の権限だ。「要求大臣」でなく「査定大臣」の立場もあるわけだから、ここからスタートしても良かったはずだ。最終的には財務省で査定し、政府予算案として国会に提出される。衆議院議員の半数が賛成しなければ、予算とならない。
 だから、いまの事業仕分けは民間仕分け人が参加する国民へのPR(パフォーマンス)と見て良いだろう。
 この事業仕分けは今年のみで、来年からはなくなるそうだ。

11/15/2009

日米対等でないのは日本人側の感じ方

 オバマがアジア訪問の最初の国に日本を選んでくれたとか画期的なアジア演説の場所が東京だった、と日本人がうれしく思うことからして、日本は位負けしている、日米関係が日本側の心において対等でない証拠だ。オバマは米国は過去も将来も日米は対等だとも言った。米国側からすればそうだろう。日米対等でない(と感じる)のは日本人の心の問題だ。

11/11/2009

西海(黄海)がよくて東海(日本海)はなぜダメ

 朝鮮半島西側の黄海上の軍事境界線NLL付近で韓国・北朝鮮の海軍同士の銃撃戦があった。
 ここで問題としたいのは、この衝突のことでなく、黄海を韓国は西海と呼んでおり、韓国のニュースでは西海(黄海)と伝えていることだ。日本との間で紛糾している日本海の呼称を韓国名の「東海」とすべきだとしていることと大きな違いがある。ユーラシア大陸の東側だから「東海」にすべきだとしているようだが、「西海」は単に半島の西でしかない。「東海」も半島の東の海の呼称が起源ではないのか?そうだとしたら、今回の西での表記にならい、東海(日本海)、と表記すればよい。( )内は国際的呼称の意だろう。

茨城県の地先の海である鹿島灘は太平洋の部分呼称だ。その場合、鹿島灘(太平洋)とすればわかりやすい、のと同じだ。

11/10/2009

環境税でなく炭素税を

 環境税の新設を環境省が考えているらしい。環境税には二つの意味がある。環境対策に財源が足りないから、環境に負荷をかけている企業、個人に課税するものと、炭素税のような、徴税することにより排出負荷量減少のインセンティブにしようとするものとがある。
 後者のインセンティブ税が本来だが、環境省が考えると、自省関係の税を広げていこうという意図が見え見えとなり、反発を食らうのではないか。
 なお、炭素税については、輸入の化石炭化水素資源全般に、炭素量を計算してその量に比例する課税とすべきだ。輸入関税とするので、それらの物価が一様に上がったようになり、消費が抑制される。
 世界的な二酸化炭素排出減をねらうのなら、国際炭素税として、世界各国一律税率とする必要がある。

11/08/2009

権力という政治家の学校

 昔、社民党の党首村山富市氏は自社政権の首相に就くことによって自衛隊、日米安保合憲の現実的政策に転換した。権力に就いて、それらを学んだと言える。
 いま民主党鳩山政権も官房機密費を秘密にしなければならない理由を初めて知った。能力ある官僚OBの採用は天下り斡旋とは言えない、と転換した。野党時代は単に攻撃していたものが、守る側に回って現実的になった。
 11/13の参議院予算委員会で脇議員の緑のダムに関する質問に(追いつめられて)、鳩山首相も前原国交相も緑のダムの効果はあいまいなもので、治利水上の計画に盛り込むだけの科学的根拠はない、と答弁した。攻撃する野党の立場では緑のダムなどあらゆる手段を用いたが、治利水の責任者となれば、そんないい加減なことでは出来ないことを日本中に明らかにしたのだ。
 民主党は二大政党の一翼だから、今回勉強して、次に下野するときは現実的政党に脱皮するだろう。社民党、共産党他は経験をとる可能性が皆無だから、何でも言えばよい。

11/05/2009

議院内閣制は政治家が行政を担うことではない

 日本は米国などの大統領による行政の政治制度ではなく、議院内閣制をとっている。この内閣制の意味するところは、行政の長たる各省庁の大臣に与党政治家がなるという意味で、議員がそのまま行政を行うということではない。膨大な行政を政治家が主となって、それも、与野党が変わることもあり、継続する行政のテクニックを発揮するのには無理がある。政治家たる大臣が次官以下の行政官を政治主導することが求められている。大枠の方針を与えれば、あとは行政官が長年の経験をもとにきちんとこなしていくはずだ。自民党時代はこの政治主導に?マークがつき、官僚内閣制だと揶揄された場合があった(大臣個人によって違うが)。
 民主党と行政との関わりは行政官を異常除外した格好になっている。民主党は政治の善し悪しもさることながら、この行政官との関係でつまずくのではないか。

11/03/2009

曖昧な自民党の鏡像、民主党

 NHKスペシャル「永田町・権力の興亡」三日間を見終わった。まるで小沢一郎氏の試行錯誤史のようだった。16年前の細川連立内閣の失敗を教訓として今年の民主党政権につなげた、というシナリオらしい。しかし、これで終わりではないような気がする。
 小沢氏は反自民党としての民主党を作ったにすぎないのではないか。二大政党のもう一方、自民党があいまいなままで、その真逆な民主党を作って、二大政党制が完成したとはならない。真逆にしたところが間違っている。
 また、政権交代だけを民主党所属の議員の目標としたところから、しばらくすれば、数ある政策間の矛盾での与党議員間の対立が民主党政権のアキレス腱となるだろう。

11/02/2009

与党質問は「よいしょ」でなければ意味がある

 臨時国会の予算委が始まった。まずは民主党の与党質問からだ。政府の役職に就いていない海江田議員などからだ。小沢幹事長は最初は与党質問は不要と言っていたが、文痴は必要だと思っていた。
 民主党の議員は民主党だからというだけで当選したわけではない(比例区は微妙だが)。代議士として活躍することを有権者は期待している。民主党の党議あるいはマニフェストにいつまでも完全に従うかどうかはその議員の自由だ。それが間接民主主義の成り立ちだ。選挙区の民意に背けば次回の選挙で落選する。その覚悟で自身の政治的信条で活動することが期待されている。
 だから民主党議員は民主党の政治への手駒・単なる票ではない。一人一人の政治的主張は厳密には違うはずで、そこにもとづき与党質問というのは成り立つのではないか?鳩山内閣によいしょするだけの質問では意味がないし、聞きたくもない。