10/31/2008

政策の違いが政治(米日の違い)

 9/9に文痴は「支持政党なしは民主シンパ」と書いた。時事通信の最新世論調査によると支持政党なしは50%を超えるという。
 米国大統領選を前にオバマ、マケイン候補の支持率はそれぞれ50、43%となっている。旗幟を鮮明にしていないのはわずか7%にすぎない。両国の日和見層に何という違いがあるのだろう。
 日本は議院内閣制だから、衆議院選挙では首相を選ぶのではなく、首相を選ぶ議員・政党を選ぶ間接民主制だ。選挙後、与党が誰を総理に担ごうと文句は言えない。問題は50%の浮遊層が選挙当日、どの党に(候補者に)投票するか、わからない、風のみが知る状態だなことだ。だから、与野党ともに「ばらまき」をする。マスコミの風潮に過敏になる、といううわつきの言葉だけの政治をすることになる。実際、民主党が比例区で自民党を上回る得票を得たことが何回かある。
 政治家にとって、何が国民の支持を得られる政策か、というのがわからなければ政治にならない。

10/30/2008

日本人に逆張りのすすめ

 日本株だけが、底が見えない。これは日本人特有の付和雷同的行動のあらわれだ。株価には適正値というものがある。自身で考え、適正値を下回ったら買いにはいるはずだが、日本人全体の傾向で自分の行動を決める習性があるらしい。だから、底はより深く、山はより高くなる。
 景気判断も同じだ。不景気だとマスコミが騒ぐと、自分の消費行動も収縮にはいる。それらが合成され、ますます景気が悪くなる。デフレスパイラル(恐慌)状態だ。これにも「逆張り」をしたらどうか?物価は安くなっているのだから、少し余裕のある人は消費を増やすチャンスだ。将来を心配して消費を控えるというが、いま景気が悪いということは将来は景気がよくなる前触れだ。景気がよいときにゆうゆうローンを借りた愚が「兜の緒を締める」べきだったのと正逆だ。
 第二次経済対策でひとり数万円の給付金が検討されているが、これは純増支出にしなければ意味がない。貧困層のため(経済全体を活性化させるため)にもこの金を全額消費増加すべきだということを肝に銘ずるべきだ。

10/28/2008

石油価格が下がってどうするか

 今回の金融危機に併行する現象を見逃してはならない。株価は大幅に続落しているが、余剰資金が引き上げているのは原油などの資源市場からもだ。原油価格が140ドル/バーレルから半分の70ドルへと暴落(もとに戻っただけだが)した。円高だから、円建てだとさらに下がった。いままで各産業あるいは個人の需要から燃料油高騰を嘆いていたのが、まったくもとの平常に戻ったのだ。
 そこでなにもなかったかのように、今までと同じエネルギー消費をつづけ、(数ヶ月前までは課題だった)省エネの努力の継続をしないのではないかとおそれる。その努力は無資源国日本に長期的に必要なものだし、なによりも地球環境には不可欠なものだからだ。

10/27/2008

金融緩和が金融バブルの原因

 世界全体で需要と供給があっていれば安定的な経済になる。需要が過剰な供給に対し少ないのに無理に供給量にあわせようとして貨幣供給を増やそうとしたのが、今日の混乱の元となった。過剰資金は思惑を外れ石油などの資源に向かい、価格高騰をもたらし、住宅市場ではサブプライムの借り手にまで貸しまくり、債務不履行の山を築きあげた。
 資金供給を増やすことにより景気をよくする方法(金融緩和)の出番ではなかった。需要が必要以上に少ないのなら、公的需要で一時的に穴埋めするしかない。いまは需要は適当量なのではないか?
 資金の出所は日本の超低金利からの円キャリー資金だ。

10/25/2008

徴収率をあげるのに分母を減らす愚

 社会保険庁の悪行の暴露が絶えない。つい最近は年金あるいは健康保険の企業負担分の徴収がままならないことから、社保庁とその会社がぐるになって、年金あるいは健康保険から脱退させ、加入の個人にばれないようにしたというものだ。徴収対象の母数(分母)を減らすことによっても徴収率はあがる。
 社保庁長官以下のトップの責任だ。分子すなわち徴収総数を管理すべきだった。上は徴収率だけの管理(政策)をしたから、下のものは対策として、分母を減らすというアイデアを生み出した。

10/24/2008

輸出産業は円建てで売れ

 ドルとユーロが弱くなって相対的に円高となっている。日本の花形輸出産業の業績悪化を予測し、株価水準が下がっている。日本の株価は信用不安からではない。
 輸出は円建てですればよい。そうすれば(輸出先国通貨での値上げによる)売り上げ数量減の影響だけが残る。そもそもアメリカはドル建てだからこの種の為替変動による業績影響はない。日本もそうなればよいだけだ。
 もちろん加工貿易の日本だから、円高・輸入原料安による製品価格値引きはできる。

10/22/2008

デフレと恐慌(デフレスパイラル)の区別

 資本主義経済ではものの値段は市場で決まる。価格は時々刻々変動するのが常態だ。典型的なのが株価。今回、サブプライムローンを金融工学で組み込んだ債券が暴落し(いずれはそうなることが当たり前だった)、株価にまで影響した。金融機関の資産内容にまで信用がおけなくなったから、信用恐慌状態になったのだ。それが実体経済にまで影響するようになるとただごとではない。デフレスパイラル(需要の循環的減退)になるからだ。対策はただひとつ。需要の減退に公的需要を補うことだ。金融の緩和は信用を回復するまでの効果しかない。
 通常のデフレはバブル後の調整としても現れる。また、世界的な物価の低下-中国の安い人件費などによる-からもおきる。これと悪いデフレ、すなわちデフレスパイラル(経済恐慌)、とを区別しなければならない。

10/12/2008

テロ支援国解除は米国にとって矛盾

 現に進行中のテロである日本人の拉致は米国には関係ないので、米国内法での手続きであるテロ支援国家指定解除には影響しないらしい。
 でも、シリアに核協力した疑いが晴れていない。ビルマあるいは大韓航空機爆破のテロのあと、新たなテロはないが、それらの首謀者逮捕などの最終決着はみていない(謝罪していないし、認めてもいない)。テロ指定の主要件は未解決だ。
 米国は核廃棄をさせるための取引に指定解除を使うみたいだが、もともと指定したときに核疑惑はなかった(見つかっていなかった)。北朝鮮はテロ指定解除あるいはそのまえの金融制裁解除のために核疑惑を作り出したのだ。ここは、最初の状態に戻って始めたらどうか?(すべてなかったことにして)

10/10/2008

枝葉末節に要らぬ抗議(和歌山ヒ素)

 「井戸を深く掘れば、最後にヒ素が出る。和歌山に行かなくてもヒ素入りの穀物ができる」との鳩山邦夫総務相の佐賀県での発言が失言として報道されている。発言の主文は前半で、後半の「和歌山に行かなくても」の部分はわかりやすい比喩として言ったものだろう。中山前国土交通相の日本は単一民族発言のアイヌのことも同様だった。主目的以外の部分についてはどうしても軽くなってしまう。和歌山もアイヌもそれを目的として発言したわけではないから、関係者はそう目くじらを立てることはない。
 鳩山大臣はたぶん、地下水依存の農業より河川水を開発した農業水利を大切にしなさい、と述べたものだと思う。この農業用水水源問題に異議のある向きは堂々と反論したらよい。それが言論というものだ。

10/09/2008

民主党、政策本位の国会へ

 昨年来のねじれ国会で民主党は優位の参議院での審議を政局本位で引き延ばしてきた。結果として、衆議院2/3再可決が憲法の規定する最大60日後となって、国民生活に多大の悪影響を及ぼした。ここにきて総選挙が近いところから、補正予算の審議を参議院でも迅速化する方針だ。もっとも、衆議院で政府予算案に賛成もしたが。
 試されるのは、インド洋給油法の延長にどう対応するかだ。延長に反対は変わらないらしい。であるなら参議院で審議の後、速やかに否決し、衆議院の再可決に戻すべきだろう。それでこそ、責任政党といえる。それにしても先の通常国会での政局対応はいかがなものだったのか?それを真剣に反省しないのなら、来る総選挙でそれなりのしっぺ返しを受けることになろう。

10/08/2008

米格付け会社の無能

 一般会社が倒産するのは資本主義での日常事に違いない。その手続きを適正化するため、債権者あるいは株主を保護するための経営情報開示が必要で、四半期毎に義務づけられている。しかし、株式会社のうち金融機関はそうはいかない。それらの(突然の)倒産により、取り付け騒ぎなど信用不安というパニックが起きるからだ。金融会社のうち、証券会社(投資銀行?)は顧客投資家の資産をあずかっているだけだから、それが勝手に倒産してもその会社の範囲で影響があるだけだ。預かり資産を(勝手に手をつけていなければ・・・法律上の義務である)返せば済む。
 預金を運用する一般銀行の場合(今回の投資銀行の場合も)としては、今回の金融危機の教訓として、この情報開示が適時適正だったのか疑問に思う。ディスクローズを逃れて、ギリギリの段階でギブアップしたので、傷が大きくなったのではないか?さらにはその傷の全貌が未だにわかっていない。それが金融危機の終了を遅らせ、その意味での危機を続行させる。
 たとえば毎週の開示と債権の時価評価を厳密にすれば金融危機は起きないのではないか?時々刻々経営内容がわかれば、時々刻々と処理が可能だから、「突然大きな」という性格と定義される「危機」にはならない。さらにはそれらの開示業務を監査する監査会社と格付け会社が米国では厳正かつ中立ではなかったことがわかった。日本国債を低評価にしてきたことで、それらの無能ぶりがわかる。いま(為替)市場は日本国を第一位に評価している。

10/06/2008

折り込み広告がごみ問題の大所

 10月からの東京区部のごみ収集区分けの変更について感想を述べたい。(目黒区の場合だが)ざっと言うと、その他プラごみが不燃から可燃あるいは資源ごみになったが、資源ごみへの一部移行の問題点は、先月末に述べたように、重箱の隅をつっつく弊があることだ。
 ここは大所(おおどころ)を捉える必要がある。100%のうち90%を捕捉・改善できれば、残りの10%は後回しで(極端に言えばどうでも)よい。90%のなかにはいまだ見過ごされているものがある。まずは、ごみ(資源になるものを含め)の絶対量をみてみると、生ゴミ以外で多いのは新聞紙だ。でも、新聞は情報化時代に不可欠で、リデュース(発生抑制)は出来ない。しかも新聞紙は古紙として資源流通ルートに乗っている。
 問題なのは折り込み広告だ。新聞紙と一緒に資源ごみとして出してよいとしているが、リデュースすべきだ。わが家では中身を見ずに、そのまま新聞紙ストッカー直行だ。折り込みは新聞配送店には収入になるのだろうが、広告主にはそんなに効果がないことはわからないらしい。広告は必要とする対象に(のみ)届けられなければ、無駄だ。インターネット(グーグルなど)はそのようなシステムになっていると聞く。廃棄物減量以前に、原料でいえばパルプ資源、用紙加工の過程ではエネルギーの浪費で、脱炭素社会の点から見ても大いなる無駄だということを言わねばならない。重箱の隅のプラごみが資源か可燃かを議論する前に。

10/02/2008

消防は個室ビデオ店を利用したか?

 大阪みなみの個室ビデオ店での多数焼死事件は悲惨だった。第一原因者は放火した犯人だが、第二原因の店の防火体制不備が焼死者多数発生の主原因だ。不特定多数が集まるこの種の店の防火体制は消防当局の監督にあるが、火事が悲惨になる原因はこの防火体制が的確でないことにある。
 大阪の消防責任者は、現消防法ではこの種の店の指導は出来なかった、国の消防(総務省消防庁)に問い合わせてみたいと、会見した。役人の逃げだ。法律を守っていれば、公務員は安泰だが、それでは国民の命が守れない。都市は発展する。様々な建物ができ、それが刻々と変わる目的のために使われる。防火体制指導もそれに即座にあわせる必要がある。事件が起きてから検討する、いわば「モグラたたき」的な後追いをしていては公務にならない。消防も、関連する警察その他監督部局もこれらの変化を迅速に把握する必要がある。そのうえでどのような問題点があるか、という想像力の勝負となる。まずは現場把握だが、自らが身分を隠し、一夜の利用をしてみることも必要でないか?

10/01/2008

(金融処理)事後責任追及は日本でなされたか?

 米国の金融危機で公的資金投入策が議会下院で否決された。日本の往時の住専救済時の国民的拒否状況に似ている。日本が十数年先輩だ。
 びっくりしたというか、当たり前なのだが、米国でも庶民レベルでは金融プロの仕業に拒否感が強いことだ。日本では反グローバルの信条で、米国式金融術ははやらない(そのおかげで今回のサブプライムローン危機は日本では微影響だった)が、米国はさすが自由の大国、一方で金融工学を駆使する部分があるかと思えば、大部分の国民は日本人と同じ考えだった。その米国で、金融族を絶滅して欲しい。公的資金を投入し、政府管理下で、(旧)経営者の責任を徹底的に追求するのである。二度と同じような「金を動かすゲーム」ができなくなるように。そうすれば、大多数の国民の理解も得られ、議会の承認も得られると思うのだ。
 日本の場合、住専救済のときの反対の声がその後しぼみ、以上のような経営責任の事後処理が行われたどうか定かでない(報道されていない)。一回熱くなったら二度目以降はあきらめる(麻痺する)日本人なのだ。