9/29/2008

政治家の大臣は政策発言を

 大臣の政治的発言をどう扱うべきか?行政の長だから、所管の法などの行政の方針は踏み外せない。しかし、政治家なのだから政策発言がなければ、事務次官が大臣になっても同じだ。中山大臣の辞任にはいろいろと判断要素があるが、その反動で、政治的発言がなくなってしまうのでは行き過ぎだ。
 大臣としての公式発言と政治家としての政策発言を区別してはどうか?あらかじめどちらかを宣言したうえで発言するのである。もちろん、国会など正式の場所では大臣としての発言になることは当然だが。
 成田空港の完成には用地買収が残っており、いまのままではそれが不可能ではないか?国交大臣としてもその打開政策を考え、提案する義務がある。大分の教育の問題は所管ではないが、政治家の発言としては許されるのではないか?(もちろんそれら政治発言の内容の是非を言っているわけではない)
 「日本人は単一民族」発言は、「文化的に(ほぼ)単一になった民族」が観光政策上のコメントとしては正確だ。

9/28/2008

その他のプラゴミは焼却すべき

 東京都でゴミの収集方法が10/1より変わる。その主目的はプラスティック類を不燃ゴミから可燃ゴミあるいは資源ゴミに移行させることにより、埋め立て処分地の延命を図るものだ。歓迎されるが、以下の問題点が残る。
 プラスティックの資源ゴミは現在、ペットボトルと白色トレイの店頭回収が義務づけられ、うまくいっている。他の容器包装でリサイクルマークがついているものの扱いは、今回から資源ゴミになるため、汚れを洗い中身の見える袋に詰めて出すことになる。問題なのは、洗浄のための水利用増加と新たに必要となる袋が資源の浪費になることだ。
 都(各区)の説明では、洗浄には食器洗いの残り水などを再利用する、とあるが、洗い桶に残った水を利用する芸当はできない(どのように洗うのだろうか?)。プラスティックの種別ごとに分ける必要はなく(これは主婦にはよいことだが)ひとまとめにして袋に入れてよい、としている。そうなると、資源回収先で人力選別が必要で、大変な労力が浪費されることになる。
 ペットボトルとトレイでプラゴミの大半を占めるのではないだろうか?それらだけをリサイクルすることで、ゴミ問題は「大体」片付く。この「大体」という考えが大切だ。容器包装リサイクルという言葉だけが一人歩きし、すべてを対象としようすることで全体がうまくいかない、とすれば「重箱の隅を突っつく」ことになりはしないか。

9/27/2008

中山大臣の三真言

 中山国土交通大臣が三大失言をしたという。実のところは本当のことを遠慮なく言うとこの国では「失言」となるらしい。相手に失礼だから「失」言なのか。
 成田空港反対の理由はもともとなかった。軍事空港は農業者の本当の反対理由ではなく、新左翼の応援を得るための方便だった。でも「ごね」得とは言い過ぎだが。
 正確に言うと、日本人は単一民族ではない。でも、アイヌなどは原日本人に含まれ、大体では単一に近いのではないか。ことさらに違いを強調する必要はない。今回アイヌ民族のPRになった。
 大分教委の不祥事は教委だけでなく、日教組も同罪だと思うが、まだ証拠はあがっていない。中山大臣はこれは撤回していないように思える。文教族だから確信があるのだろう。

9/25/2008

昔の政治家その2

 昔の政治家がよかった、への反証追加。当時、国会での政策議論はほとんどなかった。野党社会党は何でも反対党で、審議拒否(寝る)は日常。寝た子(野党)を起こすのが、国対政治だった。典型的な密室政治だ。わからない国民はあきれていたのではないか?
 その55年体制が崩壊し、国会での議論が正常になった現在を「軽い」とし、昔は大物ばかりだったと旧懐するのは、いかにも本末転倒議論だ。

9/24/2008

昔の政治家がよかったというのか?

 自民党の総裁選で麻生氏が選出された。その選挙の過程で、五人の候補に関して、三角大福中時代の総理・総裁に比べ「小粒」になったと、懐旧するマスコミ論調があった。
 しかし、昔の自民党権力者が何をしてきたか忘れた話だ。金権、派閥、密室政治だったし、いまでもそれらは肯定できることではない。政治の対象も現在の複雑さとは違って、冷戦下の米国庇護下の外交、所得倍増などケインズ経済学を単純に適用できた国内のみの経済舵取りなど、誰がやっても出来る(官僚がやった)時代だった。
 いまの政治家はTVなどに出演するようになり、そこでの発言をはじめとし、「軽く」なったと揶揄する。しかし、TVで国民に政治を説明でき、理解してもらうことこそ民主主義にとって重要なのではないか。一般対象だからわかりやすく(それは軽いと言えば軽いが)説明しなければならない。でも、一般国民もそんなに馬鹿ではない。TVでも(密室の正反対なので)ある程度の政治知識は持てる。その結果は次の総選挙でわかるはずだ。

9/20/2008

一物二価が商道徳を壊す

 戦後の食糧不足の時代、ヤミ米が横行し、配給米との一物二価状態になった。配給を政策的に安くし、それは量的に充足されなかったから、高くても充分なヤミ米流通が続いた。法律違反だが、人が必要とするものを流通させるのだ、という商売の倫理にはなっていたはずだ。配給米の方がおかしかったと考えるとわかりやすい。
 さてミニマムアクセス米は政府が購入するもので、国際価格で輸入できるので国産米よりはかなり安い。一物二価なのだが、政府管理で主食用米としては流通させないようにしている。しかし、戦後と同じく今回も「ヤミ」で食用さらには給食の主食用として出回ってしまった。「ヤミ」だから、カビとか残留農薬の事故米が流通してしまったと理解した方がよい。「ヤミ」だから商道徳が附随しなかった。
 ミニマムアクセス米とかで、自由貿易の例外に安住するのではなく、減反の田圃を含め、すべての田で稲作をし、そのうちから非主食用(せんべい、酒、あるいは米粉製品)にまわすものは回したらよい。米粉用には主食で人気のコシヒカリなどの食感は必要ないから、別の多収量品種の米を開発できるし、それでも余ったら、バイオエタノールの原料米としてもよいし、高級米は輸出もできる。自由化により、米価は今より安くなるが、作付け面積が増えるから、収入は減らないのではないか?

9/18/2008

ミニマムアクセス米は犯罪助長

 ミニマムアクセス米については9/10にも書いた。今回の非食用米の食用への不正転用はミニマムアクセス米以外でもあったのだろうか?(以下に述べる理由で、ないような感じがする)
 ミニマムアクセス米はウルグアイラウンドで日本国政府が選択したギリギリの方式だ。最低量を政府購入で輸入するので、他の大部分の自由化は勘弁してくれ、ということだろう。この最低量は焼却などして利用しないのであれば、ミニマムアクセスとして認められないという。だから、糊の原料などとして非食用に利用先を探したのだろう。その意味で、三笠フーズに農水省は感謝していただろう。糊の原料米がそんなに必要なはずはない。さらに、どうせ糊になるなら、カビとか残留農薬は問題とならない。輸入元の国にうるさいことを言わなくても良い。だから、買いたたくことが出来る。
 近年、食料品のブランド(産地)偽装が続出し、日本人の商道徳のなさにあきれているが、食べて健康被害が出るわけではないから、詐欺だけの問題だ(詐欺も犯罪だが)。非食用を食用に不正に転用するのは、健康被害につながるおそれがあるので、重大な犯罪になる。食物を扱う商売では決してしてはならないことだ。
 ミニマムアクセス米を(食用)米市場に出さないという方針がこれらの犯罪を助長していると感じざるを得ない。ミニマムアクセス米も検査のうえ、食用に(安価に)流通させるべきだ。

9/16/2008

岡崎市豪雨を引用した幹事長発言

 9/16時事通信配信の豪雨「岡崎だったからいい」=麻生氏発言に抗議文-愛知県岡崎市について解説する。
 麻生幹事長は名古屋市民に対し、あの岡崎豪雨と同じ雨が名古屋の低平地に降っていたら、もっと悲惨な災害になったと、名古屋の治水の必要性に言及したのだと思います。岡崎では実際に死者等の被害が出ています。それはそれで「いい」はずはありませんが、岡崎が(名古屋に比べ)洪水になりにくい地形で、それに対応する治水対策などがある程度とられていたから、それだけで済んだと言ったととらえるべきです。岡崎市の人は、(幹事長発言の)名古屋の治水対策の遅れを、他山の石として我が市のことを考えるべきです。
 日本人には、他を主題とする発言に含まれる自己に関する言及について、それだけを独立してとらえ、抗議などをする傾向がある。困ったものです。

9/13/2008

政治には同志

 民主党に河村たかし議員がいる。代表選挙に毎回出馬の意向があるが、必要な20人の推薦人が集まらない。国民には魅力ある政治家なのだが、同志が少ないのだろう。
 自民党の山本、棚橋両議員も20人を集められなかった。10人だと比較的容易だが、20人はハードルが高い。そこが、石破、石原、小池などの新人類政治家にできたのは、他の人と違うところなのだろう。仲間内で同志を集められないようでは、国会を運営する総理大臣がつとまるはずもない。

9/12/2008

とりあえずダム以外(熊本県知事)

 熊本県の蒲島知事が問題となっている川辺川ダムの建設続行に「否」の見解を示した。懸案となっているのは下流の本川・球磨川の治水をどのような手段で達成するのかということだ。国土交通省では、利水目的のなくなった同ダムは穴あきダム方式で建設すれば、常時はダム湖ができないので水没地になることによる環境悪化が防げるとしていた(洪水時、穴の通過流量以上は一時的に貯まり、それが治水効果をもたらす)。それに対しても、知事はダム案に頼らない治水を求めている。
 ダム、という言葉がだめらしい。もちろんだが一般的にはダム以外でも治水は可能だ。下流の平野部に遊水地を設けるとか、堤防を嵩上げ強化するとかの方法だ。かかる費用あるいは用地などを勘案し最適案を(知事意向を受け再度)模索することになる。
 このことについて知事は「極限までダムなしでやる方法を求めたい。・・・国に治水対策を求めていく」と語っている。できれば「ダムなし」でということは、再検討の結果、不可能な場合「ダムを含む案」でよい、ということのように理解できる。
 蒲島知事は球磨川下流の電力用(取水堰)荒瀬ダムの撤去案を合理的に撤回・存続させたので、なかなかやるな、と思っていたのに。

9/11/2008

今年はなぜ台風が来ないの?

 「今年はなぜ台風が来ないの?」とは毎日新聞9/10の「なるほどり」のタイトルだ。いつもこの手の異常気象の解説に見られるような地球温暖化への結びつけはない。悪いことのみ温暖化ガスのせいにするのだろうか?H16には10個の台風が上陸した(史上最多)。このときは地球温暖化とのつながりを危惧する「感想」が多かったように記憶する。
(参考)人為的地球温暖化危機説への諸疑問
 あくまで「感想」なのだ。科学にはなっていない。偏西風の偏りによる、といっても、それはいまのところあくまで「乱れ」によるものらしい。「乱れ」とは「偶然」と同じ意味だ。

9/10/2008

非食用米をアクセス量にするのはおかしい

 国が輸入し管理するミニマムアクセス米は主食用には回されないそうだ。大部分が加工食品用(せんべい、酒造など)になるが、そのうちカビや残留農薬などにより食用に不適なものは糊などの非食用の工業用に回す(事故米)。これら3種類の用途で価格は大幅に違う。順に、トンあたり30万円、8万円、6千円と桁が違ってくるので、今回のような不正の温床になるのだろう。
 ここで疑問なのは、ミニマムアクセスの量をクリアするために最初から事故(農薬残)とわかっているものを安く買いたたいているのではないだろうか?ウルグアイ・ラウンドで自由貿易を広めようとしているのは、米であれば食用のものの貿易を対象としている。食用米と非食用米は違う商品なのだから、非食用米をアクセス量にカウントするのはおかしい。
 関連だが、我が国で食用あるいは主食用の米の価格維持が必要というのであれば、飼料用あるいは課題となっているバイオエタノール生産用米は流通上は別なので、違う作物、違う商品として厳密に区分・管理する方向にすればよいのではないか。そしてそれらを減反の田で作付け収穫が出来るようにし、ミニマムアクセス米と競争すればよい。日本の農地には米作が最適だ。

9/09/2008

支持政党なしは民主シンパ

 福田内閣の末期の支持率が10%台にまで下がったといっても、自民党の支持率は各種世論調査を平均しても30%台に留まっている。民主党は20%台。世論調査では自民党は相変わらず第一党だ。ただし、支持政党なしが40%で、この大半が民主党に行ったのが、前回参議院選挙。自民党にも行ったのが、三年前の郵政解散総選挙。前回参院選では民主党比例区は40%に達する勢いで、自民党は28%だった。支持政党なしの大半は民主党と名乗らないシンパだ。残りは、選挙のたびに風の吹くまま移動する票だ。天気がよければ棄権もする。
 自民党はこの40%におもねるのでなく、自党の基盤の30%を増やすことだ。それが安定した保守政党の生き方ではないか。
 民主党も20%では心許ない。いかに民主党支持と胸を張って言える有権者を増やせるか。

9/08/2008

総裁選立候補すると得になる自民党

 自民党の総裁選が様変わりしている。各派閥がその領袖を総裁候補として推挙するシステムがなくなっている。代わりに派閥横断的な推薦で政策に明るい若手が我も我もと手を挙げるようになった。
 なぜこうなったかは損得勘定による。立候補して敗退した結果、損をするようなら、最初から出ない。少なくとも損はしないようになった。派閥の親分が出ないのだから、子分が出るのを防ぐことは出来ないだろう。もと総裁の小泉さんも、今回有力候補の麻生さんも、複数回敗退して、だんだんと力をつけてきた。能力のある人にとっては立候補はステップアップのためだと言っても過言ではない。自民党では。
 一方の民主党では小沢さんの再選できまりといっても、代表選挙の対立候補が出てもよいようなものだが、出る気配がない(明日の告示日に明らかになる)。出(て敗退す)るといろいろと不利なことがあるのだろう。

9/05/2008

わかりやすいが賛成になる

 三年前の前回は小泉劇場でお題は「郵政民営化の是非」だった。今回は「経済財政路線の財政再建か上げ潮か」になるのだろう。
 日本人は何かの政策を判断するとき、それを完全に理解したかどうかが基準となる。理解してやはり反対だ、ということが少ない。わかりにくければ、何かだまされている、裏で隠れて陰謀をこらしている、などと考え、賛成には決して回らない。わかりやすければ(とりあえずだが)信頼するに足るというわけだ。
 自民党の総裁選と民主党の代表選のどちらが、以上のセオリーに沿っているか自明だ。本命・麻生さんが与謝野さん、小池さん、石原さんに頼んだのではないか、経済財政寸劇の役者として。

9/03/2008

またも辞任カード(官房長官辞任と首相辞任)

 二代引き続き投げ出し、の見出しが躍る。安倍前首相の場合は(あとでわかったが)病気だったから投げ出したというのは酷だ。福田首相の場合はどうなんだろう。官房長官時代に年金未納問題で自ら辞職した。そのあおりで、当時の民主党菅代表も辞任に追い込まれた。福田氏は自分の辞任で大きな収穫を得たのだ。今回もその手を再び使っているように見える。肉を切らせて骨を断つ、剣道の捨て身作戦の極意だ。

民意を問わなくてよい(総辞職の場合)

 安倍、福田、次期首相と民意(選挙)によらない首相交代があり、怪しからんとの野党関係者の声が紹介されていた。与党関係者はかの小泉元首相も就任時は民意を問うていなかったと反論した(すこしあとの参議院選で確か大勝した)。
 首相公選の直接民主制ではない。間接民主制で代議士(衆議院)が結局は首相を選ぶ。今回もそうなるので、憲法上全く問題ない。首相が辞任する場合、解散と総辞職がある。後者を選んだ場合は現在の議員が新首相を選ぶ。それが(間接)民意だと憲法では規定している。
 ついでに、国民の声の、福田さんは投げ出して無責任だ、をもっともだと紹介する新聞がある。しかし一年前の参議院選で衆議院の勢力分布と違う選択をしたのは、その国民だ。大連立とか解散によらなければ、国会が機能不全になるのは当たり前だ。福田さんのせいではない。彼は少なくとも大連立の努力はしたのだから。また、衆院再可決の憲法上の規定も当然ながら活用した。だから、新首相になっても状況が変わらなければ(野党の対応が不変なら)、解散しか手はないのだろう。解散を早くしろという主張がある。これもときの首相(あるいは与党)の専決事項(情勢判断)だから、憲法上とやかく言えることではない。
 護憲勢力といわれている一部の野党(社民党とか)が以上の憲法の規定をわかっていないのはお笑いだ。

9/02/2008

辞任に突然でないものはない

 福田首相が昨夜、辞任予定の会見をした。昨年同時期の安倍前首相の場合と同様、突然でびっくり、が人々の率直な感想だろう。文痴が問題とおもうのは、政敵である野党党首などの非難の言葉だ。いわく、「突然投げ出して無責任だ」etc。
 文痴は福田首相ひいきではなかった。しかし、野党の言うことには笑止だ。辞任宣言は突然でなければならない。予告したら、株価に悪影響を与えるなど、社会が混乱する。よく、あることを相手に伝えると、「そんなことは聞いていない」という抗議の言葉がくることがあった。日本人には突然はだめで、根回しするなどして徐々に伝えるソフトさが求められるということか?
 無責任に「投げ出した」というが、野党はつい最近参議院で首相問責決議を通し、辞任を迫ったのではなかったのか?自民党内閣の継続なのだから、後継総裁=首相候補を決めて国会に提案するはずだ。それは「責任ある」「引き継ぎ」といえないか?民主党から離党の動きが始まったが、この自民党の動きからいずれ解散総選挙となろうが、いずれも、政界再編成をねらったものとしか思えない。与野党ともにその中に、考えが違うのに安住しているだけの分子がおり、これを引きはがすのが大変なのだろう。