12/28/2006

ニュースショウ年末お休み?

テレビのレギュラー番組が年始だけでなく年末もお休みとなって久しい。代わりに特番長時間もので埋めている。春秋の番組改編時と同じだ。
ニュース番組は休むわけにはいかない。ところが、夜のニュースショウも今週初めから次々と年末年始のお休みに入っている。だから、ニュースショウはニュース番組とは違い、娯楽番組なのかな、と思ってしまう。

トルコでは、男はニュースを女はドラマをTVで見るのが一般的とのこと。ニュースは男にとっての娯楽なのですね。

12/20/2006

ワーキングプアの真因

NHKスペシャル「ワーキングプア」が何回か放映され、大反響を呼んでいる。
つまるところ、結果の平等は無理にしても、機会の平等がない、ということらしい。

わたしは、その意味するところは、大枠では首肯できる。生まれ育ちで既に大きな差はある。

問題は、最下層の人たちが一つでも上に何故行けないのだろう、という小枠部分の理由だ。
産業構造の変化について行けなかったから、というのが理由ではなかろうか?
産業構造の変化は、まずは、世界貿易の拡大だ。中国の安い人件費での製品が大量に入ってきた。中国人と同じ質の労働をしていては、賃金は高くはできない。同一労働同一賃金だ。
次には、コンピューターによる情報化が高度に進んだことだ。コンピューターの補助作業をしているだけでは、高い賃金は払えない。コンピューターに命令する仕事に価値がある。

そうなのに、大学入試から就職あるいは資格取得などのキャリアアップの過程で、以上の変化への考慮がなされていない。大学全入に近い状態は、国民全体の理想としてきたものだが、考えてみればそれはあくまでプロセスであった。キャリアという目標に近づけなければ意味が薄い。

12/17/2006

李下に冠を正さず、石原知事の場合

李(すもも)の下で冠を正さない(帽子をかぶり直さない)のは聖人の資格だ。帽子の下に盗んだスモモを隠すという聖人にはあり得ない疑惑を少しの態度でもうち消す必要がある。
石原知事の場合、四男を都の仕事に採用する、そのことにあたる。

知事自身の出張旅費が庶民感覚からかけ離れた高額かどうかは、都の監査に任すべきだ。監査は都知事とは独立なはずだ。

いずれにせよ、四男を特別扱いかしたかどうかは、来春の都知事三選の時に都民が判断すればよい。都民が「李下にに冠を正した」と判断して、落選したら、李下に冠を正さずの故事を教訓としなかった、判断ミスだったことになる。

12/15/2006

少子化の主原因、未婚化

山田昌弘「新平等社会」を読んだ。
流説されている「働く女性への子育て支援が少ないことが(未婚化すなわち結婚を思いとどまらせ、当然の帰結として)少子化の原因となる」という少子化対策の前提はごく一部だけにあてはまる特殊要因だ。
近年の未熟練低賃金労働の大量発生などにより、男女ともに経済的要因で未婚化が拡大し、独身女性も働かないと生活できない。独身女性が働くことは、未婚化少子化の要因でなく、結果である。

12/11/2006

共産主義という幻想

毛沢東主義というプロパガンダが成功した(している)。
「整風運動」「大躍進運動」「文化大革命」いずれも名前だけは立派だが、粛清そのものだ。
北京で行われる大衆デモは共産政府の差し金だ。毛沢東死後のつい近年の反日デモもそうで、中国共産政府の行動パターンに変わりはない。

自由主義社会のインテリ層は、以上の美辞麗句にだまされやすく、それが共産主義の延命に手を貸し、人民の苦難を放置する結果になることを銘記しなければならない。
権力闘争だから、そんなに甘いものではない。

12/05/2006

朝鮮戦争とイラク戦争

「マオ」によれば、
朝鮮戦争で中国軍が国連軍(米軍)に引き分けたのは、人海戦術すなわち兵力の損耗(戦死者)を気にすることなく戦えたからだ。米国の民主主義社会ではそういう戦いはできない。
イラク戦争でも同じだ。アルカイダほかは自爆攻撃に何の痛痒も感じないが、殺される米兵のほうは米国社会が許さない。
したがって、命の値段が低いほうが最終的には勝つことになる。
「マオ」の毛沢東もそう言っている。

12/04/2006

日本が「マオ」を育てた

「マオ」を読み進んでいる。
大戦後の中国の国共内戦で、中共(中国共産党)が勝利を収め、中華人民共和国となったのは、(戦中戦後の)日本と米国のおかげだ。
もちろんコミンテルンの母国ソ連の働きはあったが、前記二国の助力無しには、毛沢東は蒋介石に勝てなかった。
毛沢東はのちに日本の訪問者に感謝の言葉を伝えている。毛の打倒すべき敵は蒋で、日本軍は三国志なみに利用されたのだ。