5/02/2013

「辺野古移設」は一定の支持を得られる

沖縄の地域政党「そうぞう」というのがあるのは初めて聞いた。解党した国民新党の下地幹郎氏が代表を務めていると聞き、ああそうかと納得した。しかし、そのそうぞうが日本維新の会と政策協定を結んで、普天間基地の返還のために辺野古移転を進めると聞いてびっくりした。下地氏は民主党との連立政権で辺野古移転を壊した共犯だ。

維新の会の橋下代表もそうだが、政治家はしたたかだ。参議院選挙で一定の支持を沖縄でも得られる政策と考えれば、政治的に動くのは速い。「辺野古移設」は一定の支持を得られると地域政党が考え、全国政党が乗った、というところだろう。参議院選挙の投票結果の沖縄県集計を早いとこ見たいものだ。

5/01/2013

日本人独特の「自然」観と富士山の「文化」遺産

富士山が世界「文化」遺産に登録されることが確実となった。20年間の運動が実ったと言うことだが、当初は自然遺産を目指していたので、そこからの軌道修正に長期間を要したとも言える。

考えてみれば、白神山地とか屋久島の自然と富士山の自然とは性質が異なる。前者は学術的にも貴重な原生自然のことで、富士山のような多数の登山者とか参拝者などの対象となる(自然な)ものは、日本語で言えば「自然」になってしまうが、人間活動の対象となる「文化」の範疇になるのだろう。

世界標準の自然と日本人の自然との認識ギャップ、というところだろう。

4/30/2013

黒田日銀笛吹けど会社は資金潤沢で踊らず

黒田日銀が国債の買いオペにより円を大量に市場に供給しデフレを退治するという。しかし、増えるのはマネタリーベースという日銀にある各銀行の当座預金だけだ。各銀行がそれをもとに貸し出しの増加(マネーストック)を図らなければ円は市場に出回らない。

要は、借り手が増えなければ、銀行も貸し出しできない。(さらに困るのは銀行は主要な貸出先(投資先)の国債を手放すことにより、ほかの融資先を探さなければならない)

この状態が日本のバブル崩壊後、十数年続いてきただけだろう。この間、金融の信用不安から貸し出しが止まったことがあったが、問題銀行に公的資金をつぎ込むなどの処理をして、銀行に原因がある経済停滞は防止してきたのだろう。

日本の会社は資金の必要なとき、銀行による間接金融に頼ってきた。近頃は信用ある大会社は社債とか株式増資などによる直接金融に移行しつつある。銀行の必要性が薄れているだけ、銀行を通じての金融政策の効力も少なくなってきているのだろう。その流れで、直接金融からさらに社内蓄積資金(利益を留保したもの)により必要な投資をするようになったと考えられる。借金に頼らない経営というものもある。それなら、日銀がどれほど円を市場に供給したとしても、個々の会社の投資行動には影響しないと言うことだろう。

黒田総裁が(あるいは安倍首相が)したことはインフレマインドを醸成したことだけ(といってもたいしたことだが)なのかもしれない。

4/28/2013

沖縄の主権が回復されないままだったことも記念日の趣旨としたらよい

4/28はサンフランシスコ条約が発効し日本の主権が回復した記念日だ。もちろん日本全部でなく、沖縄県と鹿児島県奄美地方、東京都小笠原諸島が引き続き米軍の占領下のままとなった。だから、主権回復と同時にそれら地域の「屈辱」も記念日の趣旨としたらよい。

単に喜ばしい日としての記念日ではない。

憲法が国民の権利を守れない状態でも改正しづらくなる(現行96条)

憲法は権力者から国民を守るものだから改正手続きはなるべくハードルを高くしておくほうがよく、憲法96条の両院2/3の提議が必要な条項を改正する必要がない、という議論がある。世論調査でも96条改正反対が過半を占める。憲法のその他のいずれかの条文への改訂賛成が半数を占めるのに。つまり、2/3のハードルで慎重に改訂手続きを進めるべきだと。

違うだろう。逆に見れば、現行の憲法が国民の権利を国家権力から守れない状態にあるときも改正しにくくなる。制度というのは実態の正邪から中立に考えるものだ。

また、96条以外に改正の対象となっている条文を念頭に置いて、改正条項も議論すべきだというが、手続き論は今後のすべての改正に対して中立であるべきことから、これもおかしな議論だ。推論するに、具体条文に絶対反対の手段として、一つ前の96条とあわせ二重に防ごうというものだろう。古い革新政党が常用した「蟻の一穴」論だ。

諸外国の憲法の多くで改正条項が議会の2/3を必要とされているのは当たり前だ。その憲法を最初に作った人は安易に改正されたくなかったろう。だから、ハードルの高い改正条項を入れたのだ。日本国憲法の場合も、マッカーサーの考えはそこにもあったろう(日本人に対する悪意もあったとされるが)。

4/24/2013

友好第一が外交の失敗

安倍内閣が発足後の安全運転を脱した。中韓の靖国参拝問題への反発に対し、国会答弁ではっきりと我が国の立場を説明した。これで正しい外交がスタートするのだろう。

過去の自民党政権では中韓両国に対し、変な負い目からか、我が国の立場が両国と違うことをはっきり伝えず、あいまいに友好第一でやり過ごしてきたことから、両国が誤解を今に至るまで続けていた面もある。外交では相手国に正しいメッセージを伝えることが相手国に対しても必要なことだ。ヒトラー政権に対し、英仏両国があいまいな態度に終始したので、ドイツは両国の意志を誤解して、戦争になった歴史を「直視」しなければならない。

4/23/2013

外交自由度を自ら狭めている中韓

中韓二国の対日外交がおかしなことになっている。領土問題とかその背景の歴史問題を条件にしているが、関係国が一方的に譲歩することは短期的にはあり得ないことだ。日本が譲歩することを自国の外交方針としてしまった。両問題はあるものの大局的に見て他の分野で友好を進めていこうというのが現実的外交で、安倍首相が前々から主張する「戦略的互恵関係」だ。

中国が領土問題の棚上げを、日本国が認めていないにもかかわらず、いつまでも外交の入り口条件にする。韓国は靖国参拝などの歴史問題譲歩を絶対条件にする。これでは自国が対日本外交の自由度を自ら狭めているだけだ。

両国とも日本政治の「右傾化」が理由だとしているが、よく調べれば、いままで両国に配慮しすぎた世論が正常化されただけだとわかるはずだ。両国の駐日大使館は何を見ていたのか?

村上春樹作品は無宣伝で何部売れたかを競え

ベストセラー作家の村上春樹氏がまたまた新刊を鳴り物入りで発売した。

文痴は「書籍の宣伝はやめよ」と主張したことがある。村上氏の小説は読んだことがない。しかし、これだけ売れるのは読みやすいしなによりも内容がすばらしいのだろう。それを大宣伝してまたたくまに百万部が売れたと自慢するのはやりすぎではないか?

芸術なのだから無宣伝で何部売れたかを競えば、それがその作品の真の評価となる。ノーベル賞候補になりながら、いつも落選するのは、この商業主義を見透かされているような気がする。

4/22/2013

国が違うから考えも違い、外交が必要になる

安倍内閣の三閣僚が靖国神社に参拝したことなどに対抗して、韓国のユン外相が来日の計画をとりやめるそうだ。

国と国との外交はお互いの考えが違うにもかかわらず一致点を求めてするものだ。歴史認識などの考えが違うから国が違うとも言える。相手国を自国の言いなりにすることなどできない。

韓国が日本での歴史認識を自国のものにあわせるよう要求するという考えを持つのは勝手だ。しかし、それにいつまでもこだわるのでは外交にならない。

中国が日本が実効支配している尖閣諸島の領有権にいつまでもこだわり公船を派遣するばかりでなく、外交チャンネルを閉ざすのは賢明でない。

4/21/2013

四川では地震でなく建物に殺された

五年前の2008年5月12日の四川地震(汶川地震M8.0)で8万人もの人が死んだ。今月20日、その南西の雅安市でM7.0の地震が発生し多数の死者が発生したらしい(まだ全貌は明らかになっていない)。日本であったらこの五年間で住居建物などで耐震補強がなされ建物倒壊による死者はほとんどなかったであろう。

地震そのものの自然現象で死ぬ人は少ない。余震を恐れて、テント生活をするのは建物が崩壊してその下敷きとなって死ぬことを避けるためだ。ひとは建物に殺されるのである。

阪神淡路大震災を教訓として日本全国で建物の耐震補強がなされた。2011年の東日本大震災では建物が倒壊することはわずかで、それによる死者はほとんどなかった(九段会館の天井崩壊による死者などゼロではない)。二万人の死者はほとんどが津波によるものだ。津波は遅れてやってくるので、逃げることが可能だ。建物の倒壊は地震動とともに瞬時だから、耐震補強、耐震補強は必須だ。