3/31/2010

シュワブ陸上案だったら、抵抗なしに進む(と考える民主党)

 鳩山首相は党首討論で自民党谷垣総裁の質問に、「(自民党時代のシュワブ沿岸案に対し)杭の一本も打てなかったではないか」と逆襲した。キャンプシュワブ陸上案だったら、基地内だから杭を打つ(測量する)のに反対派の物理的抵抗は受けないですむ。沿岸案での測量は公有水面だから船でも海浜からでも侵入され、大変な混乱に陥るのは間違いない。でも、沖縄県知事以下、大部分の県民世論が後押しすれば、できないことはない。それが沖縄県民マジョリティの良識というものだろう。
 民主党の言っていることは、一部住民の説得ができないから、安易な陸上案にする、と言っているように見える。党名の民主の名に恥じる考えだ。

3/29/2010

入口を絞れば出口はそのままでよい(レジ袋)

 広島市で、レジ袋によるゴミ出しを当局が禁止する騒動があった。指定袋のなかの小分け袋としても禁止だという。市民の反対で結局は禁止が撤回されたが、禁止の理由はレジ袋を資源ゴミとして再利用するためだという。わざわざ再利用するには大した量ではない。ゴミ出しの袋として一回は利用されているからそれでよいではないか?
 いま、かなりの自治体ではスーパーでレジ袋を出すのを禁止、あるいは、有料化して減量するなどのゴミ減量対策が進行中だ。文痴はこちらも量的にみれば必要性が薄いと思うが、それはさておき、広島市においてもこの「入口作戦」も実施しているという。入口をすり抜けたレジ袋をゴミにしない「出口作戦」でブロックしようというわけだ。または、レジ袋の資源ゴミのための分別化は市民にとって面倒だから、それが、レジ袋を受け取らないインセンティブになると考えているのかもしれない。
 いったん出てしまったレジ袋だから、せいぜいゴミ出し袋として再利用してもらうだけで、目くじらを立てる必要はないと思うのだが、しつこいのか。

入口を絞れば出口はそのままでよい(ゆうちょ銀行)

 かつての郵便貯金は財投資金のもとだった。この資金で道路公団が全国の高速道路を整備するなど、遅れていた我が国のインフラ整備が飛躍的に進んだ。それらの整備もほぼ終了の段階になって、財投資金の制度も改革され、郵便貯金もゆうちょ銀行として民営化された後、自主運用が期待されている。国債を買うかどうかはゆうちょ銀行の経営判断による。財投で全額引き受ける時代は終わったので、あとは民間銀行として自由な活躍の場が与えられただけだ。
 ゆうちょ銀行が国債を買うように1/3の株式を国に残し、2,000万円まで限度額を増やした、と批判するのは、国が自分の財政・金融市場に対する判断で国債を発行するという原則を信用していないからだ。市中に国債を出すという入口の判断がしっかりしていれば、それを誰がどれだけ買おうと何の問題も生じない。市場ではいま国債の利率が史上最低だから、政府の金融市場に対する判断力は健全なのだろう。
 ただし、子ども手当を給付して、その国債のつけをその子どもが大人になったときに回してよいかは、別の判断になる。

3/28/2010

都議会は要らない、にならないように(豊洲移転)

 東京都議会で石原知事の提出する予算案に付帯決議をつけて同意した。築地市場の豊洲移転に最大会派の民主党などが反対していたが、一転条件付き容認となった。予算執行に当たっては豊洲の汚染用地問題などをさらに議会と調整することが条件だ。
 地方自治体は首長と議会と二元代表制だからやっかいだ。双方が対立した場合、どちらが民意かの結論が得られない。ここは、首長たる知事が都の行政を任せられている、と解釈したらどうか?議会は予算承認とか条例の制定で知事部局を監視する役割に徹することだ。そうでないと、2009年1月11日にも書いたが、地方議会は要らない、ということになりかねない。

3/26/2010

安全金融国家・日本のゆうちょ銀行

 亀井大臣がゆうちょ銀行の預け入れ限度額を2,000万円までに倍増する、とするなどの郵政改革案を民主党(鳩山首相など)に相談なく発表したことで大騒ぎになっている。そのなかで、そうなれば日本の金融はますます国債にたよることになる、と心配される向きがあった。ゆうちょ銀行はその貸付先を財投から急に転換を余儀なくされ、適当な融資先を見つけられず、いまだに、国債購入でしのいでいるからだ。そこへ倍の資金が行けば、ますます、国債中心の金融市場となり、民間に回る資金が少なくなる、いわゆる、クラウディングアウトになる心配をしているのだ。
 しかし、民間の金融機関も優良な貸付先の確保に汲々としているのが現状で、かなりの部分を国債購入にしているのは変わらない。金融庁の厳しい指導で、不良債権は絶対出させないとの貸し付け方針なら、いまの日本で新たな貸し先はあまりない。預金者の国民もローリスク(ローリターンでもよい)ものにシフトしている。株式とか投資信託などで失敗した記憶が生々しいからだ。おまけにベンチャー企業などの将来有望な貸付先が生まれないのが日本の現状だ。
 従来型の中小企業を少し延命させるために貸し付けるのは「不良債権」ではなかったのか?それらへのモラトリアム法を準備したときから、亀井大臣は現在を予想していたのではないか?

ダムを都道府県に任せるのも地方分権

読売新聞3/25によると、「前原国土交通相が事業主体の自治体に再検証を求めた「補助ダム」について、国交省は24日、補助金を要求通り、ほぼ満額配分する方針を決めた。補助ダムの全面的な見直しは、自治体の考えに配慮し、事実上、断念することになった。2010年度の政府予算に、ダム建設費として2313億円が計上され、うち442億円が補助ダム分。補助ダムには、国が事業費の原則50%を上限に補助金を出している。前原国交相は、内閣のダム見直し方針に沿って30道府県58か所の補助ダムの再検証を知事に要請したが、長野など5県が本体工事契約を締結。少なくとも23府県が38か所のダム事業で、満額補助を前提に新年度予算案を組んでいる。補助金適正化法は、自治体から補助金の交付申請があった際、法令違反がないかなどを確認した上で、国に速やかな交付決定を求めており、国交省は「申請通り補助金を交付しないと、違法となる恐れがあると判断した」としている。国交省は、八ツ場ダム(群馬県)などの直轄ダムは、本体工事など新たな段階に進まないことを決めている」

ここで、国土交通省とダム実施主体の都道府県の役割分担を整理すると、前者は「有識者会議」などにより今後の治水対策のあり方を検討中で、そこで示される「基準」に従って、後者は個々のダムの検証を行った上で今後の進め方を判断する、ということだろう。上記記事によれば、補助ダムについてはすでに該当県において「(再)検証はすんでおり、全面的な見直しは必要ない」と国は判断したものと思われる。

直轄ダム(八ツ場ダムなど)についても、受益あるいは事業費を一部負担する都府県の「(再)検証はすんでおり、全面的な見直しは必要ない」と判断するのが妥当なのではないか?

補助ダムはもちろん直轄ダムについても国の役割はあくまで「基準」を示すにとどめ、個々具体の(再)検証は直轄ダムでもその地方に任せることが「地方分権」なのではないか?その意味で、熊本県の直轄川辺川ダムを熊本県の判断に任せたことはむしろ正しい、ことになる。


3/25/2010

歴史を日韓共同で研究する無意味

 日韓歴史共同研究の報告書がでた。両国学者間の一本化ができなかったとの解説付きだ。
 なぜ歴史研究を日韓共同でしなければならないのかわからない。歴史研究は国の肝いりでなく歴史学者それも個人の仕事だろう。歴史解釈は複数あってもよい。それらには後世が判断する。国が判断に関わるとろくなことがない。それも歴史が教えるところだ。
 ひとつの価値観で言えば、韓国の歴史学者は歴史を研究していると言えるのか?「民族意識高揚」のための歴史だ、と言うのは言い過ぎか?

3/24/2010

長いものに巻かれる中国と民主党の内部

 中国政府とグーグルの検閲問題での争いに、中国ネットユーザーが参入している。ほとんどはグーグル批判(中国政府礼賛)だという。グーグル擁護の書き込みは削除されるからそうなっているのかもしれない。
 民主党内の幹事長批判の動きが鈍いのに似ていなくもない。長いもの(中国、幹事長)には巻かれろ、というのはどこの国でも同じものらしい。いや違う、という声が聞こえてきそうだ。幹事長は中国政府に「朝貢」したくらいだから、単に思考回路が同じだけで、大多数の日本国民は以上のような醜態を見通しているはずだ。
 「長いものに巻かれる」より「事大主義」(強いものについて、得をする、損をしないようにする)というのが適当かもしれない。

3/23/2010

民主党は忠誠心争いの組織、ということがわかった

 民主党の生方副幹事長は先週の副幹事長会議で解任の方針が決まり、後任の辻恵議員まで予定されていた。ところが今日、解任劇のもととなっていた小沢一郎幹事長の鶴の一声で解任は撤回となったようだ。
 問題なのは、幹事長のことを忖度し、筆頭副幹事長の高嶋氏が上記副幹事長会議で解任の内定をしたことだ。最初から、小沢幹事長出席のもと正副幹事長会議で、生方氏も加わり、事件の扱いを議論していれば、このような混乱は起きなかった。
 一部に言われている、忠誠心争い、は本当のようだ。組織の強化に狡猾なトップが必ず用いるやり方だからだ。

党の外部は国民の内部(生方解任問題)

 民主党生方副幹事長の解任問題で、党内から、組織内発言のまえに外部に出すのは問題だとのコメントがあった(鳩山、前原、細野)。
 民主党議員は党所属という組織人ではあるが、そのまえに、選挙区から選出された国会議員であることのほうが立場としては大きい。議員として活動する手段として民主党に所属したのだ。国民の75%がこの党の幹事長は辞任すべきという世論調査結果となっている。そうであれば、各選挙区の支持者からもそのような声は過半に及んでいるに違いない。それをまずは、民主党内で紹介・議論しなければ民意を汲みとっているとはとうてい言えないだろう。
 正副幹事長会議ではそのような議論は皆無だったそうだ。まずはそこがおかしいのではないか?「そのような世論にもかかわらず幹事長は辞める必要はない」とするにしても、議論はした上であって欲しい。それがないからとして、生方副幹事長が直接新聞社のインタビューに応じたのは正しいのではないか?ましてや、選挙民の代表としての立場からすれば、意識的に党の外部(すなわち国民)に言うのはむしろ正しいことではないか。