10/18/2010

羽田新国際線は手荷物移動に難

 ハブ空港での乗り換えの便利さは、旅客の移動と手荷物の移動(受け取り~再チェックイン)に分けられる。今月、羽田に新規に開業する国際線ターミナルについて、人移動は、成田国際線~羽田国内線よりも短時間に、羽田空港内でビル間移動でなされるので便利になるに違いない。
 一方の手荷物移動は国内~国際だから、間に税関などの出入国手続きが必要で、スルーの扱いが出来ない。ライバルの韓国仁川空港の場合は、日本の地方空港で出入国手続きをとるので、仁川では手荷物はスルーとなり、荷物を見ることなく最終目的国の空港で受け取ることになる。
 このように羽田空港内ではビル間移動に重い手荷物を自ら運ばなければならない不便が残る。関空みたいにせめて同じビル内に国内国際線が同居できるようにならないものか?それともANA同士で乗り継ぐのだったら、せめて出国の場合だけスルーにならないのか(文痴は成田での国内~国際乗り継ぎをしたことがない)

10/17/2010

「配慮」するのも相手次第(中国には不必要)

 尖閣諸島での中国漁船の海保巡視船への衝突事件で、海保側が撮ったビデオの公開の是非について議論になっている。日本国民がそれを見ると反中感情がさらに悪くなると民主党政府は懸念しているという。
 そんなことはない。事実をよく知れば人間はより合理的になるものだ。中国国民だってそうだと思う。「知らしむべからず」ではいけない。
 また、噂されているのが、公開しないのは中国胡錦濤政権の国内的危機へのサポートだというものだ。中曽根内閣(当時)が中国国内の政治的動きを慮って、当時の胡耀邦主席に靖国不参拝というシグナルを送ったときもそうだった。結果的にサポートにならず、その後の中国での反日運動の火に油を注ぐ結果となった。
 相手によってこれら「日本的配慮」を使い分けなければならない。これは人間関係でもそうであることからもわかる。欧米先進国と違って、まだまだ中国には無駄な配慮は必要ない。

10/15/2010

劉暁波氏への授賞支持は内政干渉とは言えない

 ノルウェイがノーベル平和賞を決めるというのは世界政治マターかもしれない。平和賞に客観的基準はない。「小国」のノルウェイがそれを決めるというのがミソだ。ある意味では大国の国内政治に対する内政干渉とも見られるが、あくまでも小国の判断だから許されること、という見方も出来る。
 大国中国は小国ノルウェイにみっともない圧力をかけないことだ。その圧力も大国からの内政干渉ととらえられてしまう。
 第三国の日本とか欧米諸国が劉暁波氏の平和賞受賞を支持すると意見を表明するのは、単なる意見であって、中国がそれら国際社会の意見をどのように受け取るかは自由だ。

10/12/2010

「下に対策あり」では民主主義は産まれない

 中国の外交行動が国際社会のなかで独裁国家ぶりが際だっている。独裁といっても、国民を完全に押さえつけた独裁というのは古今東西あり得ない。中国にも民意というものはある。問題はその民意が国全体をよくしようという方向に向かわずに、「上に政策あれば下に対策あり」と、自分と一族の利益のみが結末となることだ。その結果、一党独裁市場資本主義という摩訶不思議な社会を産み出した。一党独裁の政治でも経済が発展すればよいと。
 福沢諭吉が朝鮮の人たちに絶望して脱亜論を発表してから百年以上がたち、その宿痾がいまだにアジアを支配している現状からみれば、アジアの特性(日本を除く)として宿命なのかもしれない。

10/08/2010

デフレ対策のはずがブレーキ

 日銀がデフレ対策として追加の金融緩和政策を発表した。そのうちのひとつに多様な金融資産買い入れに5兆円の基金創設、というのがある。
 これは、日銀の資金力で金融市場の需要を多様化しようというものだろう。いまは国債だけが動いていると言っても過言でない。しかし、そのようにして、金融市場が活発になっても、金利は上がるが物価はデフレ状態から脱するわけではない。物価はものの需要がなければ上がらない。経済本体が活発にならなければ、金融だけいじっても限度がある。日銀の(不良)債権が増えるが、これと(優良)国債を買い入れるのと何の違いがあるのか。
 もうひとつ、国土交通省から都市再生機構(UR)の過大負債の圧縮策などの改革案が発表された。しかし、単体の企業のバランスシートを改善することになるので、経済全体には合成の誤謬で、資金が戻り、借り入れ需要総額が減ることになるので、デフレ傾向を促進する愚策(反対策)にしかならない。URとかそのおおもとの政府が借金を持ち続けさらには増やすことがデフレ対策になるのだ。

10/07/2010

自分が書いた原稿なら読んでよい

 自民党の稲田朋美衆議院議員の代表質問で、「菅首相は原稿を読まないで答弁してほしい」に対し「そうなら、質問者も原稿を読むな」の答弁は意味を取り違えている。
 自分で考え作成した答弁(質問)ならば、正確を期するためには、読んだほうがよいのではないか?官僚が用意したものをそのまま読むのは政治家として失格だ。稲田議員もその意味で言ったのだ。最低、自分の言葉に書き直して、読むことぐらい出来ないのか?
 もちろんだが、委員会質疑等では質問回答者ともに原稿なしで行うのは、それはそれで聞きやすい。

10/06/2010

国内法適用という実効支配の実績が積み増された

 尖閣諸島領海侵犯の中国漁船が海保巡視船へ衝突した公務執行妨害罪での船長逮捕の事案では、いろいろと日中両国でやりとりがあって、結局はどうなったのかの判断がつきづらいところがある。
 こういうときは事案の前と後とで何が変わったのかを慎重に見ればわかりやすい。実効支配をしている日本は、国内法を適用して逮捕したという、支配の実績を追加した。中国には自国の漁船をみすみすそのために拿捕されてしまった、という不利が残った。だから今後は自国漁船を近づけないようにすることではないか。まさか周辺海域に武力介入する利益はまったくないだろうし。
 前原外相と国交相後任の馬淵氏の海保では、同じ事案が発生したら、同様に国内法を適用すると言っている。
 もめている日中は最後は仲直りしないと立ち行かなくなるが、上記の事実は残るのである。

10/04/2010

検察が起訴、では罪人扱いできない(もともとだが)

 小沢一郎氏の2004,05年の政治資金規正法違反事件に関し東京第五検察審議会で二度目の議決があり、弁護士による強制起訴になることになった。
 小沢氏は検察当局が起訴猶予としてきたのだから無実だ、といままでは変な理屈で通してきた。検察も誤ることはある。不起訴処分とすべき厚労省の村木元局長の事件を誤って起訴した。東京地裁でその誤りが確定した。
 小沢氏の場合も裁判所で堂々と戦えばよい。推定無罪が原則だ。検察の数々の誤りが明らかになった今、この「推定無罪」が重みを増す。もと局長も休職させずに在職のまま戦わせるべきだったのではないか?小沢氏も逆に臆することはない。

「情けは人のためならず」は通用しない(中国)

 尖閣諸島中国漁船衝突事件が結末となっていない。中国当局にまだひとりフジタの社員が拘束されたままだ。中国側では海保の衝突時ビデオの公開がまだとなっている、との認識だろう。だから、人質というカードを持ち続けているのだろう。
 「情けは人のためならず」(他人に情けをかけると自分に返ってくる)という日本的ことわざは通用しない。船長を釈放したら「謝罪と賠償」という仇で返ってきた。だから、ビデオは隠さずに一方的に公開したらよい。そうしたら手詰まりとなって、フジタの社員の開放につながってくる。

10/03/2010

NHKもCCTVを見習え

 文痴は海外旅行にたびたび行くが、ホテルに泊まったときに部屋のTVで感ずることがある。それはCCTVという中国の海外放送の内容だ。もちろん英語放送で、NHKがそうなように、中国国内の情報を在外華人に提供する、というより、世界の客観的報道に徹していることだ。印象では中国の主張を一般情報のなかにうまくちりばめて、全世界の人に流している、というのが本当だろう。
 英国のBBCは昔からそうだった。中東(カタール)のアルジャジーラの英語放送もそうなっている。
 日本でもNHKワールドがある。英語放送だが、今まで行ったすべての国のホテルで見ることができなかった。東南アジアのホテルではNHK-BS放送が見られる場合がある。これは日本人向けの日本語放送で、以上の趣旨とは違う。ホテルではNHKワールド英語放送より日本人が好むNHK-BS日本語放送を採用しているのであろう。日本人は英語ですらも忌避する国民だから。