10/07/2024

「暴力がさらなる暴力を生む」ことがなくなって終戦に

「暴力がさらなる暴力を生む」からこれ以上戦いあうことはやめよう、とは良く言われる。でも実際は暴力的な戦争で双方が厭戦気分になって、終戦となる。

開戦時に両国民は戦闘的だ。しかし、実戦闘が民生にも及ぶことになれば、その被害、親類縁者の死、住居の破壊、インフラの機能がなくなり生活上の不便が長引く、それがガザ地区の住民200万人に及んだ。それが1年にもなれば、もう戦争は終わりにして欲しいとなる。イスラエルのほうも同様だろう。古今東西、戦争はそのようにして終わる。

日本人は太平洋戦争での降伏を選んで終戦した。米軍による各都市への空襲、沖縄では地上戦での惨禍、これらが四年間続けば厭戦気分はピークになる。鬼畜米英は憎いが、それより日常生活を戻して欲しい。米軍はそのことをよく知っている。徹底的にたたきのめせば、憎しみが生まれるより、終戦になる。日本人は戦後に逆に親米になった。終戦講和というのはそうなることが目的だ。

ガザの子ども達が将来、ハマスの予備軍になるはずがない。日本人の子どもであった私は、先生から戦争体験を教わっても、米軍への憎しみは全く生まれなかった。日本が正しかったかもしれないが、負けたら終わりだ。

勝ち軍のイスラエルは戦後に、敗者パレスチナ人に寛大に接することだ。そのことが再度の戦いを防ぐ力になる。

10/03/2024

故安倍氏遺恨政治が続いている

安倍晋三氏が暗殺されて二年以上が過ぎた。今も続く政治対立は安倍政治の遺恨試合の様相を続けている。

旧統一教会へ少しでも関係した自民党政治家への政治資格論争。これは被害死した政治家を直接貶められないので、その暗殺犯の動機を高めることで、間接的に死者を非難する便法だった。一般的に信教の自由からしたらとんでもない非難だ。宗教法人法違反は司法の判断に任せるべきだ。

そして、安倍派を結果的に狙った政治資金「裏金」問題化。
「脱原発と裏金」言葉は正確に、で書いた。https://sigma3.blogspot.com/2024/09/blog-post.html
を参照。

自民党総裁選決選投票も反安倍が勝利した。その石破政権の審判となる総選挙でも、野田立民党でさえ、「裏金」と旧統一教会の二つしか決め手の争点がないという。死者が日本を動かし続けるのは異常だ。ここは維新とか国民の玉木氏とか、自民で言えば小林鷹之氏など、新しい力に期待するしかない。

9/26/2024

靖国参拝を政治化したのは誰か?

中国外務省(外交部)によると、王氏(外交部長)は「冷静に事件を扱い、政治化を避けるべきだ」と訴えた。(共同9/24)
事件とは深圳の日本人学校児童が中国人に殺された(9/18)ことで、日本国民が中国をこの件で敵視するようになるのを防ぐべきだ、ということらしい。

だったら、日本の首相が靖国参拝して、中国国民が騒ぐような「政治化」を防ぐ中国政府の責務につながる。中国国内の治安維持は中国政府の仕事だ。戦前は旧日本軍がこのような治安の維持のために進駐した(列強各国とも、中国にまともな政府はなかった)。

また、靖国参拝の是非は日本国内だけのイシューだ。お互いに過ぎた内政干渉をすると、政治化することになる。振り返るに、胡耀邦総書記時代に、中曽根首相が靖国参拝を控えたのは、それで中国国内が争乱になったら、友好的な胡政権が危機に瀕するかもしれないという親心からだった。いまなら、中国政府はその前に抑える警察力はある。

中国政府は国民の訪日旅行で注意を促しているが、全く逆のこと(中国国内の第2の事件)が心配される。

一方、それら靖国参拝など外国に関連するイシューは説明を尽くすことが外交上は必要だ。靖国参拝の日本社会としての意義は中国政府に説明を尽くすべきだ。

9/06/2024

「脱原発と裏金」言葉は正確に

議論をして実りある結論を得るためには言葉の定義を正確に理解することが不可欠だ。

「脱原発」は原発をゼロにするドイツの政策とは違う。ゼロにするなら福島第1の事故後に停止した全国の原発をそのまま廃炉の作業に入ればよい。日本の脱原発は将来、多様な電源が整備されて、原発に頼らなくてもよい状況になったら、原発を廃する。そのような電源開発の努力の姿勢のことを言う。もちろんだが、従来の原発に残る危険性が解決できる「改良型原発」もこの多様な電源の仲間だ。

「裏金」は自民党の主として旧安倍派のパーティ券売り上げノルマ超過分の還流金を政治資金に記載しないままにした法律違反のことだ。検察の捜査が入って個々の違反議員について処分が確定した。未記載状態を裏金と言うなら、いまは裏金ではない。政治資金として修正記載され支出も政治資金なら収支ともに政治資金となった。もし、個人の収入として使ったなら、所得税などの申告が必要だ。いずれにしても疑惑のすべての議員事務所においてこれらの事後作業が済んでいる現在、「裏金」だと現在の政治責任を問うのは適当ではない。

いずれも政治的にバイアスのかかった用語使いだろう。これらで議論が歪められるのは悲しいことだ。

8/16/2024

地震と台風、災害予告の難しさの違い

気象庁からの警戒情報が相次いで二つ出され、その結末が対照的となっている。一つは8/8の宮崎県沖地震にともなう南海トラフ巨大地震準備の情報と、もう一つは8/16(本日)に予測された関東地方直撃は避けられた台風7号の災害予告だ。

プレートに関係した今回の地震は何百回に一回程度の確率で大地震の予兆となる、という知見から出されたものだ。それが1週間の期限を経て、昨日(8/15)に準備解除となった。もちろん、その後も地震の確率はゼロではない。

台風7号は発生以来、地球的な気象配置などにコンピューターを駆使した大量・複雑な計算により、ある程度正確に進路など予測ができるようになっている。それが住民に刻々と伝えられて、結果は本土直撃にはならずに太平洋上を通過するようだ。

今後考慮が必要なことはこれらの災害予告外れが住民にとって再度同様の予告にどのように教訓となったかだ。予告が外れたのは結果オーライだが、予告が信用されるかということからすれば、次には信用度が落ちるかもしれない。そうなると予告することそのものが無意味になってしまうかもしれない。台風の場合は予告が外れた経緯(予想進路との外れ方)が刻々とわかるので、「気象庁も苦労している」的な「今回は外れても仕方がなかった」ことになりやすい。地震の場合は、解除から未だ一日しかたっていないのでわからないが、外れた経緯などについてわかりやすく説明していかないと、台風進路のようによくは理解されてもらえないかもしれない。小さな確率(だから外れる確率は大きい)だったことを説明するのは困難が予想される。

7/29/2024

別姓でも「選択的」だから合理的、という判断は?

選択的夫婦別姓制度は別姓を必要とするカップルが選択するから反対はできない。ほかの同姓を拒否しているわけではないからというのは合理的考えだ。

日本社会にはこのような非合理的な制度が多い。同類で言えば、人の名前は姓(家族名)と名(個人名)との二つからなり、順番が姓の次が名となる型式で、法定化もされている。これらもすべて合理的ではないから違う型式の名前も認めろとはならない。

そのような社会の慣習は長く続けられていた。全国民の姓名を戸籍に登録しだしたのは明治時代からだ。それでも150年以上の伝統になったが、2,000年の歴史の日本社会からすると短いようだが、明治以前は大部分の庶民階級は名(個人名)しかなかった。「武蔵」だけでは識別に不便なので、宮本(村の)武蔵、と勝手に名乗った。社会が広くなると同名が多くなるからだ。

合理的だからすぐにでも採用すべし、というのでは社会の伝統を見間違える危険がある。「別姓」を必要とする関係者だけでなく、すべての国民が関心を持って議論していくべき、日本社会の伝統だ。わかりやすいのが、天皇皇位の男系継承だ。欧州各国では長子(男女いずれでも)継承で代々続いている。日本の皇室は困難ながらも男系家系を遠縁からも探し出して男系継承を守ってきた。その理由はいろいろ考えられるが、確たるもの、合理的説明のできるものはない。それでもその伝統を守る、というのは合理的判断を超えたところにあるのだろう。

7/25/2024

酷暑の夏の冷房電源にこそ太陽光発電

新型コロナの夏の感染ピークになっている。冷房の部屋に密閉で過ごすからだ。適度に換気をして冷房する必要があるが、それでは冷房効率が低くなり、電力消費量が増える。

この酷暑、晴天時に太陽光発電は幸いピークになる。蓄電ができないので、夕方の日が陰ってからの夜間冷房に使えない。

太陽光発電量が夏の昼間の冷房電力量をどの程度まかなえるのか?そしてどの程度蓄電できれば夜間の冷房電力をまかなえるのか?電力会社がそのPRをしないのであれば、再エネ促進団体がそれらを計算して国民に理解を求めれば良い。再エネは絶対善ではない。使い方によっては十分利用価値がある。そのように考えることだ。

7/15/2024

税務署が知ることと公表とは全く違う

自民党派閥のパーティー収入還流金が所属政治家の収支報告書収入欄に不記載であることが問題となってきた。記載して公表することがないので「裏金」疑惑となった。

一般国民は細かな領収書まですべて税務当局に申告しているのに、政治活動収支は無税で、税務当局にも把握されていない。不公平だと。

しかし、この場合の税務公務員に把握されるのと、収支報告書に記載・公表されるのとには雲泥の違いがある。報告書記載で日本国民全体に知れ、世界にも同様となるが、税務調査は税務公務員が職務上知るだけで、それを他に知らせることは厳禁されている。政治家も政治活動収支については税務調査対象外だが、その他の収支に対しては必要あれば税務調査の対象となりうる。政治活動とその他の区分けについても調査されうる。

当局が把握することと公表することとを取り違えた議論だ。

7/13/2024

のぞみに乗る人は必ずリニアにも

JR東海ヘイトの人が「中央新幹線は必要はない」と主張するのをたびたび聞く。そのリニアほどスピードを出す必要があるのかと。

そのような人に限って、ひかりこだまを遅く感じてのぞみ一本槍だ。結果として、1時間あたりのぞみ本数は12本(5分間隔)にまでなって、それでも不足するという。リニアに反対して完成したらより速いリニア愛好になること間違いなしだ。

ETCも同じだった。マイナカードも同じ結果となるだろう。反対してきたものを愛好する、そのような節操のない日本人にはなりたくない。

かく言うわたしはこだまひかりの遅さを愛好する。友達と車内おしゃべりを楽しんで、いつの間にか京都に着いた、と言うのが理想だ。(大阪は安さの飛行機で)

6/20/2024

EVでも丁度いい車でないと売れない

日本人の庶民に至るまで乗用車保有が広まって長い年月が経過した。当初はお仕着せの車種に満足していたが、何回か買い替えるに従って、車種選びもバラエティに満ちてきた。

「丁度いい」という売り文句の車(1.5BOX)があった。二台以上を持てるほどの金持ちは少ない。自分の家族にその一台が丁度いいことが求められるようになった。大家族用だったら三列シートの8人乗り、子ども連れだったらワンボックスカー、荷物が多ければワゴンタイプ、街乗りだったらコンパクトカー、高速で遠乗りだったらスポーツタイプ、お偉いさんを乗せるデラックスタイプ、そして、環境に配慮できる省燃費車。これらの個々の要求をそれぞれ満たすのに日本のメーカーは多車種を用意し、それらをそれぞれ大量生産し、安価に提供する体制を築き上げた。

そこにEVが良いから売ろうとなっても、エンジンがモーターになっただけの違いで単一の車種にしても売れるはずはない。HVからしてそうだった。トヨタのプリウスが先行したが、それは数人定員だけの乗用車の希望層で、環境にセンシティブな人に売れただけだ。いま、HVが普通乗用車ほぼ全車種に装備されるようになって、価格差も車の寿命いっぱいでペイするようになって、ようやく普及するようになった。30年はかかった。

EV普及もその長い年月が必要だ。欧州では環境にセンシティブな人が多い。中国では政策でガソリン車を保持しづらくしている。米国では一部の富裕層がEVを二台目以降として購入している(かつてのプリウスと同様だ)。

日本でも地方部での二台目軽EVが普及するかどうか?爆発的な普及は期待できない。