2/05/2016

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、でよいはずがない

少し古いニュースだが、民主党岡田代表は安倍首相のもとでは改憲議論はしない(改憲は必要だが、できない)と公言した。誤解があるのは、改憲の発議をするのは国会であって安倍内閣ではない。多数党のトップが安倍総裁だが、議会各党で議論をするのに多数党に遠慮する第二党ではないはずだ(現に遠慮していない)。

一般にも、アベノミクスも安倍氏が言っているから反対、という(好き嫌いの)議論が多すぎる。アベノミクスはおかしいから安倍内閣を評価しなくなった、というのが順序だ。

1/30/2016

予算委では予算審議を

甘利前大臣の政治倫理を予算委員会で追及するという。いままでも、閣僚の不祥事など内閣の弱点を予算委員会で野党は追及してきた。

その追及に異議はない。国会議員同士の倫理などの議論は国会で行うのが正道だ。法律にもとることがあれば、司直の手によっても追求される。しかし、予算委員会は予算の審議のための場だ。追求するなら、併行して政治倫理審査会などの場を活用して、予算の審議を停滞させてはならない。

そもそも予算政府案は与党協議を経ているので、可決されることはほぼ決まっている。野党はその点無力だが、予算の問題点を質疑で明らかにすることはできる。可決時点を遅らせるだけの戦術は意味がない。

1/29/2016

政治資金はすべて記録の残る銀行振込などで

甘利側「パーティ券にしてください」献金側「個人的なお金ですから」

ということで現金の授受となってしまった。政治献金は銀行振込などの記録が残るものに限定するという規定にすべきだ。政治資金規正法での政治資金への記載漏れに厳罰を課すこととしてもよいが、現金を受領して闇に個人的に使ってしまったら、贈与税の脱税になる。

政治資金は授受双方でもちろん無税だ。それを政治資金の法律通りに処理しないのでは、国民の最低の義務である納税規定を議員が破ることになる。議員辞職はもちろんのこと一般庶民以下になる。

冒頭のパーティ券にしても少額の場合は匿名(購入者の氏名記録無用)になっているが、これらも含め、一円からすべて献金者の記録を残すべきだ。

1/24/2016

15人死者もタクシー事故一人死者も同じ悲惨さだ

乗客乗員15人が死亡したスキーバス軽井沢の事故だが、大型二種免許保持の運転手にもかかわらず大型バスに慣れない、運転ミスによることが濃厚になってきた。

国道18号碓井バイパスの入山峠を越えた下り坂で、スピードを制御できなかった。上りの難所を過ぎて、カーブも比較的緩やかで下り勾配もそんなにきつくなかったので、ついスピードが出てしまい、出てしまってから制御不能になったのだろう。

通常の交通事故と考えられないだろうか?通常でも死者が多く、乗客死者が将来ある若者だったことが特異だったと。タクシー乗車の一人の乗客死者も同じ命だ。ここは交通事故死をすべて回避する方策を考えるべき時だ。


1/13/2016

メルケルの「ヒューマニズム」からすべては始まった

 イスタンブールの観光スポット近くで起きた自爆テロ、被害者(標的?)は主としてドイツ人観光客だった。トルコ当局が推定したようにISによる犯行だとしたら、ISはテロの標的をフランスからドイツに替えたのではないか?
 昨年末にケルンの中心で難民による集団暴行事件があった。年が明けてからはその仕返しとも言えるドイツ過激派による難民襲撃も発生。トルコでの事件はこれらの応酬の続きなのではないか?
 最初はメルケル首相の「ヒューマニズム」から難民の無条件(に近い)受け入れは始まった。無条件だったら、ある程度の確率でテロリストが紛れ込む。さらには、ドイツ国民とは異なる言語、文化、宗教の何十万人の難民がドイツの都市にあふれたら、住民との摩擦が起きるのは必至だ。
 ヒューマニズムはそれだけですむなら美しく非難すべき何物もないはずだ。しかし、因果がこのように回るのであれば政治家メルケルとしても少しは考えてから決断する必要があったのではないか?

1/02/2016

世界各国過去のことはご破算にしよう

 年末に岸田外相が韓国政府に伝えた安倍首相の「お詫びの気持ち」が韓国国民には通じそうもない。
 そもそも、日本軍が韓国女性を強制的に連行して慰安婦にした、という史実がない。客観的な証拠が見つかっていないからだ。
 それよりも、過去のことに世界の諸国が謝罪をすることはないのではないか。とくに戦争に付随して各国は軍の関与の元、謝罪に値する悪を大なり小なりなしてきた。韓国軍もベトナム戦争でベトナム女性にひどいことをした。米軍だって戦後の日本に進駐軍相手の慰安所を作らせた。必要なことは、現在、そのような悪を継続していないことだ。
 過去にいつまでもこだわらずに、現在と将来に目を向ければ互いの利益になる。

12/26/2015

外交交渉では門前払いが常道(慰安婦問題)

 日本国政府は過去に強制連行した「従軍慰安婦」に謝罪せよ、という韓国の要求に、1965年の日韓基本条約で(各種紛争問題は)「完全かつ最終的に解決済み」と「公式」にはねつけてきた。
 となると、(史実でなかった)強制連行した、かどうかには答えていないことになる(答える前にすべてを拒否している)。
 だったら、強制連行はあったのかもしれないという世界の世論となってしまうのではないか?役人同士の折衝(外交交渉も)ではシビアになればなるほど、入り口での議論(議論の対象ではない、という)で終始することになりがちだ。
 「強制連行はなかった」し、(あったとしても)「補償、謝罪要求期限は終わっている」という両睨みの対応にならなかったものか?

12/18/2015

「夫婦別姓」を裁判所に訴えること自体が間違い

12月16日、最高裁から夫婦同姓義務の民法規定が違憲ではないという判決が出た。
 民法を改正して、もし、夫婦別姓を選択できる、という規定にしてもそれも違憲ではないだろう。つまり、裁判所が決める(憲法判断する)ことではない。むしろ、国民の声が集約される国会とその議院内閣制のもとの政府が決めることがふさわしいのだろう。
 国会で多数をとれないから裁判に訴えて少数の意見を通そうというのは三権分立の趣旨に反する。

12/03/2015

「帝国の慰安婦」起訴からみえる東アジア「民主主義」

「帝国の慰安婦」の著者・韓国セジョン大学パク・ユハ教授が同書で元慰安婦の名誉を毀損したとの罪でソウル東部地方検察庁から起訴された。同庁は、「秩序の維持などのためには言論の自由や学問の自由は制限される」という判断を示している。
http://blogos.com/article/145600/
 社会秩序維持が自由に優先する「(西欧型とは違う)民主主義」というのは共産党独裁の中国だけではない。この韓国を始め、北朝鮮、ベトナムもそのようです。これから民主主義を成熟させる途上にある、ということではなく、もともとそのような社会風土・価値観なのだろう。そして先進国のシンガポールもそうかもしれないので、華人あるいは儒教世界にみられるものかもしれない。
 東アジアでは例外的に、日本と影響を受けた台湾は西欧型民主主義を採り入れている。これは、儒教によらない独自の社会の歴史を紡いできたからだろう。
 思い起こせば、韓国においての、産経新聞元支局長起訴も朝日新聞誤報判明のあとでも慰安婦強制連行にこだわる不思議も、以上のような理由があればいっぺんに解明するのではないだろうか。(ことの善悪判断は別にして)


11/27/2015

軽減税率範囲を均衡予算の考えで決めてよいものだろうか

 デフレの要因は貯蓄が投資(消費も)を上回って世の中に出回るカネが減少することにある。経済心理的に言えば、企業も個人も将来に不安があるので、流動性のあるカネの形で財産を所持しようとする。設備投資をしたり過剰な消費をしたら先々困ることになるかもしれない、というのが日本人の心理だ。
 貯蓄に回ったカネは誰かが使わないと計算が合わない。それが国債の過剰発行(国債購入という貯蓄)となる。国債で調達できたカネは公的投資に回さないとカネが環流しない。
 そこで、財務省が財源なき減税に反対する矛盾について指摘したい。均衡予算を目指すというなら、反対の根拠はわかる。しかし、いまはデフレから脱却の時だ。赤字予算を組んで国債をより多く発行して財源を確保しなければ上記のデフレ脱却の理屈に合わない。
 再来年の消費増税に際して、軽減税率の対象範囲を別途に財源確保できる規模(生鮮食料品まで)にとどめる、というのは均衡予算の考えだけだろう。