11/22/2015

テロの目的はあとの恐怖心を利用すること

 ISからワシントンへのテロ予告またニューヨークには映像でテロを暗示され、大騒ぎとなっている。
 ISなどのテロ集団は襲撃予告はしない。9.11のニューヨーク、ワシントン、バルセロナの鉄道、ロンドンの地下鉄、そして今回のパリ同時テロ、すべてが突然だ。そのほうが成功の確率が高くなる。
 逆に今回のパリテロの効果を最大限に高めるために、事件後の世界の人々の恐怖をあおる、という当然のことをやっているに過ぎない。テロの語源はterror(恐怖)だ。相手を脅して恐怖を植え付けて有利な立場に立つ、暴力団で言えば「恐喝」だ。
 テロの目的は人を殺すことではなく、殺したあとの恐怖心を利用することにある。

11/14/2015

政治資金から香典を出したらまずい

 民主党の北澤参議院議員も政治資金から香典を出していた(議員本人は記憶がないという)。その民主党は自民党の高木大臣の香典問題を追求している。政治家の年金未納問題の時と同じで、香典問題も与野党の泥仕合となってきた。
 そもそも、政治資金から香典を出したらまずいだろう。政治活動が冠婚葬祭だけだったら、政治屋となってしまう。政治資金を公費から支出し、献金が収入でも免税扱いにして、政治資金の使い方から活動を改めさせるという方向になっているのだろう。現行法では本人が会葬すれば政治資金からでも支出できる。
 でも、政治家になったら「香典は疑われるので出しません」というくらいにして、政治家を辞めても出す親族への香典は例外扱いぐらいとしなければ。

11/10/2015

ミャンマーだけ?

 軍事独裁政治のミャンマーがとうとう選挙の結果、議会制民主主義の国へと脱皮する。こうなった大きな要因は中国を除く世界からの経済制裁だろう。
 中国も一党独裁の国だ。中国共産党の力の源泉は人民解放軍だから、ミャンマーと同じ軍事独裁政権だ。なぜ世界は、経済制裁などの平和的圧力で、中国も民主化できないのか、また、そうしようとしないのか?中国は大きすぎてできない、そして制裁する側の経済にもはねかえってくる、というのが理由だろう。中国国民の人権が侵害されているかは諸外国にとってどうでもよいことなのだろう。
 ベトナムもラオスも現在のタイも同じ軍事政権だ。米国など人権外交を標榜する国々は、平和的な圧力を駆使してこれらの国の国民の権利のために尽力する必要はないか?ミャンマーだけ、というのはいかにも不公平だ。

11/06/2015

世間をお騒がせした(だけを)謝罪

 NHK特報首都圏「過剰反応社会」をみた。内容概要は

 「昆虫写真は気持ち悪い」という声に配慮して、学習ノートの販売を中止したメーカー。子ザルに英国王女にちなんだ名前をつけて批判が殺到した動物園。インターネットを介して、批判が一気に高まる事例が増えている。こうした事例の裏にどんな社会心理があるのか。批判への配慮が行き過ぎて、自由かったつな表現が損われる恐れはないのか。番組では、頻発する「過剰反応」と「配慮」をめぐる動きについて、専門家とともに考える。

 山本七平氏はこのような現象を(世間の)「空気」と呼んだ。この「世間」は日本特有のものかもしれない。実態がよくわからない世間からの過剰反応におびえる。
 反対に、世間にお詫びしておけば、すむ、という安易な日本でもある。「世間をお騒がせして・・・」というのは、とりあえずは世間だけには責任があるが、特定個人には(そのあとの訴訟等もあるので)謝ってはいない、という便利な謝罪方法だ。

11/04/2015

核は「正義の戦争」にも使えない

日本の核廃絶決議採択=「被爆地訪問」奨励、中国は反対―国連総会委
まずは、日本が提出した決議に米国が棄権した。米国が二票持っている、というのは都市伝説に過ぎない。
また、中国が反対したが、その理由として、被爆を「日本が始めた侵略の必然的結果だ」と述べた。核兵器廃絶の基本精神はいかなる戦争にも核兵器を用いてはならない、とするものだ。中国は日本のような国には用いてもよい、と言っているらしい。
広島の原爆公園には「過ちは繰り返しません」と主語不明に書いてあるが、書いた日本人と中国の理屈は似ている。
(以下、引用ニュース)
【ニューヨーク時事】国連総会第1委員会(軍縮・国際安全保障)は2日、核兵器の全面廃絶に向け、すべての国が共同行動を取る決意を新たにする日本主導の決議を、加盟国の約8割に当たる156カ国の賛成で採択した。決議は今年が広島・長崎への原爆投下から70年に当たることを想起するとし、「指導者や若者らの被爆地訪問」など、核兵器の非人道的影響に関する認識を高めるための取り組みを奨励している。
 日本は1994年から毎年、同趣旨の決議案を提出し、採択は22年連続。今回、被爆地訪問の奨励を初めて盛り込んだ。北朝鮮のほか、核兵器保有国の中国、ロシアが初めて反対した。
 中国の傅聡軍縮大使は広島と長崎への原爆投下に関し「(核兵器の非人道性の問題が)歴史を歪曲(わいきょく)する道具として特定国に利用されるのを見たくない」と反対理由を説明。被爆を「日本が始めた侵略の必然的結果だ」と述べた。
 中国は5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、指導者らに被爆地訪問を促す文言を文書に明記することに強く反対。先月の第1委員会の討論では日本が核開発に乗り出す恐れを指摘するなど、「抗日戦勝70年」を意識した強硬発言が目立っている。
 日本の佐野利男軍縮大使は記者団に「(中国の批判は)極めて遺憾。被爆70年目の核廃絶決議で広島、長崎に言及するのは当然」と反論した。
 昨年賛成した核保有国の米英仏など17カ国が棄権した。佐野大使は核軍縮の進め方などで立場に隔たりがあり、「最終的に収れんできなかった」と述べた。 

10/30/2015

中国の錬金術は為替と土地から

 中国経済は日本の特技だった加工貿易ならぬ組み立て貿易に特化している。技術力がないので、素材、部品は日本などから輸入して、国内の安い労働力で簡単な最終組み立てをして輸出に回す。いままでは労働力人口が過剰だったので、賃金水準が押さえられていて輸出競争力が保たれていた。これからは老齢化と一人っ子政策の弊害があって、賃金水準が漸増していわゆる中進国の罠に陥るものと思われる。
 これまでの間、輸出競争力を保てたもう一つの要因は管理為替水準を低めに誘導してきたことだ。人民元の対ドル水準を低めに管理すれば、輸出競争力が高まる。しかし、それでは国民の所得が対ドル換算で増えないから、いつまでも内需主導の経済にならない。つまり、国民窮乏化の結果、輸出余剰の外貨が増え、AIIBなどの対外投資の余力につながったとも言える。
 また、土地は国有のものだという政策で、農民から二束三文で農地を召し上げ、地方政府が開発後、高い時価で転売することで、農民の富を収奪してきたことが国家の莫大な資金のもととなった。つまりは、中国の錬金術は人民元安操作と土地転売利益、によると言っても過言ではないだろう。なぜあれだけの「爆買い」が政府にもできるのかが不思議だった。

10/15/2015

痛税感を言うのだったら小売店軽減税率方式は?

 軽減税率の適用が2017年4月からの10%への増税時から導入されることが安倍首相の指示で決まった。新国立競技場のデザイン変更のときも首相の最終判断だったので、何ごともいつまでも決まらないで宙ぶらりんとなるよりはよいことだ。
 食料品など生活必需品への軽減税率は低所得者対策と思われがちだが、消費者すべてに恩恵を与えるものだから、複数税率導入の最初になる、と見たほうがよい。低所得者対策だったら、まずは、間接税による逆進性をカバーするため直接税の所得税で対応すべきものだ。所得税は累進性があるからその逆累の程度を調整する、というふうに。または、低所得者だけに還付する方法も種々考えられるが、そのうちの日本型軽減税率方式として考えられたマイナンバーを利用した還付方式(財務省案)が国民の拒否を受けたので、これら還付制度すべてが道連れとなって不採用になった。
 軽減税率にこだわる公明党は複数税率制度を提唱しているのだろう。贅沢品は10%以上の税率をと主張し始めた。なんのことはない、昔あった(贅沢)品目毎の税率制度の復活だ。
 これはこれで、国民の支持を得れば立派な政策だと思う。しかし、流通段階で仕入れ価格にかかる税額を控除して納税するインボイスなどの伝票制度が面倒だ、という声が出ていて、首相もこの作業負担軽減も工夫するよう付言している。
 そこで、最終小売り価格には8%の軽減税率とし、仕入れ価格すべて10%に増税することで割り切ればよいのではないか?小売店の仕入れ価格が半分だとして、それにはすべて10%かかるのだったら、小売店の付加価値(利潤、人件費など)のみ8%の軽減税率とする。上記の計算だと、実質税率は9%となるが、レジでの消費税額は8%表示となるので、痛税感は薄れ、公明党などの政策目標は満足されるのではないか。

10/10/2015

ユネスコという世界化ビジネス

 舞鶴への引き揚げ資料が世界記憶遺産に登録された。あえて言うが、世界で記憶するべきことなのだろうか。もちろん日本国内としては貴重な資料だ。
 登録を決めるユネスコは登録ビジネスで権限をふるっている。世界遺産もそうだ。真に貴重な遺産は登録しなくても貴重なものだ。それをユネスコが商売にした。大した世界遺産でなくても登録されれば観光客誘致に資する。
 このような世界化ビジネスにはFIFAもあげられる。ワールドカップの開催国を決める権限で収賄的行為を疑われている。IOCもそうでないとよいが。一国内機関だっら不正は厳しく取り締まれるが、世界機関だから免れている。
 今回の世界記憶遺産に同時登録された南京の日本軍による虐殺資料も、たいして事実を検証せずに、中国の要求により「ビジネス」をしたということだろう。日本はユネスコに協力をしないに留まらず、このような世界化ビジネスをすべてボイコットしたらどうか。
 話は逆になるが、中国はノーベル平和賞の世界化ビジネスに抗議して、孔子平和賞をでっち上げたのだろう。心情だけは理解できる。

10/04/2015

シリア難民はヨーロッパだけで解決すべき

 シリア難民を世界中で分担して受け入れよう、というのには無理があるのではないか?
 似たような背景で安倍首相が国連で演説したが、主として一部の日本人の間で「人道的でない」として非難の声があがった。
 政治難民(戦争難民とも、経済難民は対象外)は戦地の祖国から一時避難して、戦争が終わって平和になったら帰国する。その避難場所を提供するのが難民引き受けとなる。ほんの一時だったら、隣国のトルコとかヨルダン、レバノンに避難するのが合理的だ。これらの国には受け入れ経費がかかるので、日本は金銭的負担を申し入れている。
 そのトルコからギリシアそして、ハンガリーなどEU諸国に移動する必要はない。最終的にドイツなどに移住したいのは、経済的理由があるからだ。戦乱が絶えず、平和になっても社会が崩壊しているだろうシリアには戻りたくない。新天地のヨーロッパで生活を始めたい、ということだろう。だから、まずは政治難民かどうかは厳格に審査しなければならない。さらには、ドイツまで到達できるのはシリア人のうち英語ができ移動の経費も負担できる金持ちないしエリート層だ。それらの階層だけをシリア社会から引き抜いたら戦後のシリア復興に支障とならないか。良質な移民だけを受け入れればドイツは得する、という考えかもしれない。
 「人道的かどうか」より、受け入れ国として日本が適当かどうかという議論になるべきだ。難民を受け入れるには難民側の意向もある。日本語を習得しなければならないが、世界で孤絶する日本語を学ぶのは困難を極めるだろう。また、一神教ではない仏教、神道の社会にイスラム教徒がなじめるのか、という宗教問題。日本社会に無理なく入れるのは言語が似ている朝鮮民族、漢字が共通な漢民族、さらには生活習慣に共通性がみられる東南アジアまでだろう。安倍首相は難民受け入れ分担地域のことも言っているのだろうと思う。
 さらには、シリアなど中東でたびたび戦乱になるのは、遠因をたどれば、英仏両国のアラブ(イスラム)分割統治の結果だ。ヨーロッパだけでシリア難民(その他のアフリカも)を解決するのは当然のことだ。

10/03/2015

騒いだことを忘れる日本人

 日本人の「絶対」反対というのはそのときだけだ、ということがわかった。「絶対」というからには死ぬまでその主張を変えない、というのが日本語の意味だ。
 マイナンバーが今月から始まる。過去にはこれより小規模の住民基本台帳番号が「絶対反対」された。しかし、反対(首長)の横浜市、国立市とすべて陥落。いまそれよりも広範なマイナンバーに反対するものはいない。
 町中に監視カメラが配置されるようになり、警察の捜査には不可欠な手段となった。これも当初はプライバシー侵害とかで反対を受けたものだ。「悪事を働くときにプライバシーは尊重されなくてよい」という常識が勝った。
 自衛隊のPKO活動にはいまは反対する人はいない。始める当初の国会審議では、今夏の国会騒ぎと同様だった。今回の安保法制も同様の道をたどるであろう。
 TPPが妥結寸前になった。自民党を含み野党が一緒になって「聖域を守れ」という大合唱だった。いま、その声は中国の脅威の前にかすんでいる。貿易交渉だから、聖域を各国が主張したら最初から交渉にならない。お互いに妥協して(国内勢力を説得して)、対中国経済戦略を立てようということがわかってきたのだろう。