政府の経済対策の一つで高速道路料金の引き下げが検討されている。もともと諸外国の倍の水準だし、物流・レジャーを盛んにする経済対策になるし、これら業界の燃料高騰対策にもなる。漁船の重油ばかりに直接に補助するのは単一の業界を優遇する不公平施策だ。
このような国の借金がらみの新施策のとき必ず反対されるのが、借金を返さなくて国につけを回して良いのか?という論だ。彼らが金科玉条とする45年で返済するスキームが破綻するのは、不測の金利上昇と交通量(利用車)減少とこの政策的値下げですから。
しかし、政府は高速道路各社に値下げによる減益分を補填するので、45年の返済期間には影響しない。でも、借金を早く返すことがそんなに重要なのだろうか?道路に対する債権は安全確実、日本国民の投資対象として最適だ。その分は永久に返さなくてよいのでは?と、過激に考えている。
(参考)高速道路は国民の投資対象
8/11/2008
8/06/2008
隠れ借金(公債)はいいのか
地方自治体の財政状況が悪化して、所有の公共施設の維持管理もままならないという。そこで出てきたのが民間資金活用のPFIだ。SPC(特定目的会社)に資金調達までも委ねて、何十年か維持管理をしてもらう。自治体のほうは毎年、管理委託費を支払う、というスキームだ。
でも、これは一時的な資金不足を毎年の分割払いに替えることと同じではないか?それなら地方債を一時に発行して大改修を行って自ら維持管理するのと変わらない。自ら借金するのは公債が増加するからだめ、というのは、PFIも隠れ借金と同じだから、理屈に合わない。
でも、これは一時的な資金不足を毎年の分割払いに替えることと同じではないか?それなら地方債を一時に発行して大改修を行って自ら維持管理するのと変わらない。自ら借金するのは公債が増加するからだめ、というのは、PFIも隠れ借金と同じだから、理屈に合わない。
8/04/2008
憂鬱な夏のスポーツ三つ
野球好きの文痴にも憂鬱な夏がやってきた。まずは、終わったが、プロ野球オールスターゲーム。真剣勝負とはほど遠い。直球しか投げないとは、投手(と捕手)の対打者心理作戦を放棄している。それでも、昔はセパ異リーグのスター選手の対決が楽しみだったが、数年前からは、交流試合がペナントレースに組み込まれた(これは真剣勝負)。
高校野球は最初から興味がない。知っている選手もいないし、プレーが拙劣だ。自由にすべき青少年にこのときだけ精神主義を強制する大人の身勝手さが許せない。(プロのチームで悪いことをした選手がいたら、その選手限りなのは当たり前)
ことしはこれらに重なって、北京オリンピックときた。アマチュア精神から正反対の商業主義。今回は中国の国威発揚の舞台。TVで見るのさえ歴史的罪になるのではないかと、チベットのことを考えつつ、憂鬱な夏を過ごす。
高校野球は最初から興味がない。知っている選手もいないし、プレーが拙劣だ。自由にすべき青少年にこのときだけ精神主義を強制する大人の身勝手さが許せない。(プロのチームで悪いことをした選手がいたら、その選手限りなのは当たり前)
ことしはこれらに重なって、北京オリンピックときた。アマチュア精神から正反対の商業主義。今回は中国の国威発揚の舞台。TVで見るのさえ歴史的罪になるのではないかと、チベットのことを考えつつ、憂鬱な夏を過ごす。
8/01/2008
日本人特有の言論不一致
「行政は何をしていた」とは、何か事件が起きたとき日本人が追求する言葉だ。日頃、民でできることは民に、と言っていたことを忘れ去った言論だ。
「国の基準はどうなっている」とは、地方で事件が起きたときの最後のつけ回し先だ。地方分権だから、地方で決めるべきではないのか?県民がこうでは、地方分権旗ふりの知事さんたちがかわいそうだ。
所詮日本は、(明治以来の)官尊民卑、中央集権国家のままで、これをなおすには、まずは国民の頭の中身を替える必要がある。江戸時代の封建制度がよかった。封建とは地方分権のことだ。また、武士は威張っていたけれど、実力があったのは商人だった。
「国の基準はどうなっている」とは、地方で事件が起きたときの最後のつけ回し先だ。地方分権だから、地方で決めるべきではないのか?県民がこうでは、地方分権旗ふりの知事さんたちがかわいそうだ。
所詮日本は、(明治以来の)官尊民卑、中央集権国家のままで、これをなおすには、まずは国民の頭の中身を替える必要がある。江戸時代の封建制度がよかった。封建とは地方分権のことだ。また、武士は威張っていたけれど、実力があったのは商人だった。
7/31/2008
小学生の子供に命令できない親
人間ひとりであれやこれやと考えていると、結論が過激な方向に行きやすい。ときに仲間と話したりすれば、常識的な結論に戻るものだ。人間は社会的な生き物だ。人の間と書き、他人との関係がなければ、人間としての生き方ができない。
人との関係の最小・基本は家族だ。赤ん坊のうちは母親とか父親、兄弟姉妹の関係から社会が始まる。長ずれば、学校、職場での人間関係が加わる。
何を言いたいのかわかるだろう。この基本の家族との関係(悪化ないし不在)が社会的事件のほとんどの原因となっているのではないか?密室的だから他人にはわからないが、当の家族にはわかっているはずだ。
たとえば小学生のうちから携帯裏サイトで陰湿ないじめがあることの対策に、携帯会社に命じてインターネット閲覧規制をかけようという話がある。でも、両親が小学生の子供に携帯をもたせないか、裏サイトなど悪質なものは見ないように教えれば済むことだ。密室内なのでわからないが、これも家族による子供教育ができていない証拠なのではないか。
人との関係の最小・基本は家族だ。赤ん坊のうちは母親とか父親、兄弟姉妹の関係から社会が始まる。長ずれば、学校、職場での人間関係が加わる。
何を言いたいのかわかるだろう。この基本の家族との関係(悪化ないし不在)が社会的事件のほとんどの原因となっているのではないか?密室的だから他人にはわからないが、当の家族にはわかっているはずだ。
たとえば小学生のうちから携帯裏サイトで陰湿ないじめがあることの対策に、携帯会社に命じてインターネット閲覧規制をかけようという話がある。でも、両親が小学生の子供に携帯をもたせないか、裏サイトなど悪質なものは見ないように教えれば済むことだ。密室内なのでわからないが、これも家族による子供教育ができていない証拠なのではないか。
7/30/2008
河川空間は洪水のため
神戸の都賀川で親水利用中の子供たちが洪水の犠牲になった。今後の対策としてすぐに出てきたのが弥縫策だ。それらでは、「危険だ」と看板だけでなく放送などでも伝えよと主張するが、現在の方法の量的拡大しか思いつかないらしい。
元々河川空間は年に何回あるいは何年に一回かの洪水を氾濫させずに流下させるためにある。洪水時以外は空いているから、親水利用ができる。この原則をしっかり理解すれば今回のようなことは起こりえなかった。それを忘れて、利用あるいは環境面だけをピックアップしても、ときどきの自然の猛威は許してはくれない。
水辺の「楽校」(がっこう)という言葉で河川を楽しく利用することがはやった。やはり自然の厳しさを「学ぶ」もとの意味での学校でなければと再確認して欲しい。
元々河川空間は年に何回あるいは何年に一回かの洪水を氾濫させずに流下させるためにある。洪水時以外は空いているから、親水利用ができる。この原則をしっかり理解すれば今回のようなことは起こりえなかった。それを忘れて、利用あるいは環境面だけをピックアップしても、ときどきの自然の猛威は許してはくれない。
水辺の「楽校」(がっこう)という言葉で河川を楽しく利用することがはやった。やはり自然の厳しさを「学ぶ」もとの意味での学校でなければと再確認して欲しい。
7/29/2008
北京五輪をボイコットするのでなかったか
チベット弾圧の中国政府に抗議し、北京オリンピックの開会式に各国首脳が出席すべきでない、と世論が沸騰したのは僅か数ヶ月前だ。その後、福田首相も仏サルコジ大統領も出席予定となった。このままだと、中国政府が、チベットはそのままに(抑圧政策を)続けてよい、と誤解しかねない。
日本国政府がそうなら、日本国民としてボイコットする方法はいくらでもある。北京へのツアーをキャンセルする。開閉会式以外のチケットが売れ残っているので、近間の観戦大国・日本人の忌避があるのかも知れない。TVでも観ないことだ。とくに莫大な放送権料を払っている、NHKを。ついでにその権料分の聴取料金を不払いとしよう。
日本人は忘れっぽい民族だと、隣国になめられることのなきように。
日本国政府がそうなら、日本国民としてボイコットする方法はいくらでもある。北京へのツアーをキャンセルする。開閉会式以外のチケットが売れ残っているので、近間の観戦大国・日本人の忌避があるのかも知れない。TVでも観ないことだ。とくに莫大な放送権料を払っている、NHKを。ついでにその権料分の聴取料金を不払いとしよう。
日本人は忘れっぽい民族だと、隣国になめられることのなきように。
7/25/2008
木材を使う生活が温暖化防止
化石燃料(石油、石炭、天然ガス、メタンハイドレート)を使うと、最終的には、過去の地球で地下に閉じこめた炭素を大気中に放出することになる。だからそれらを使わないで、(炭素)循環資源の木材をなるべく使うことが二酸化炭素の排出を削減することになる。
プラスティックに代わり身の回り品に木製のものを使用すれば、その分炭素が固定されたことになる。でも、最後は使えなくなり廃棄処分となるが、そのときは燃やして熱源としたらゼロ排出のままだ。薪ストーブを普及させ、冬期の暖房用にする。石油ストーブをなるべく使わないようにするには、灯油にも重税を課せばよい。灯油は生活必需品、という意識は撲滅だ。割り箸を使う日本文化を世界中に広めよう。割り箸は一回限りだが、そのあと燃やすという再利用(サーマルリサイクル)になる。
問題は切り出した木材の運搬に要するエネルギー(すなわち運搬車両燃料からの二酸化炭素)だ。北洋材(シベリア)、北米材のほうが輸送費(エネルギー)が少なくて済むという。遠くても大型船舶が利用できるからだ。おかげで、国産材は近くなのに伐採されずに山は荒れたままにされている。
文痴の提案は、平野の休耕水田に植林せよ、ということだ。伐採輸送費用が格段に安くなり、国産材が利用されるようになる。
(参考)遊休水田に木を植え、平野の森林をつくろう
プラスティックに代わり身の回り品に木製のものを使用すれば、その分炭素が固定されたことになる。でも、最後は使えなくなり廃棄処分となるが、そのときは燃やして熱源としたらゼロ排出のままだ。薪ストーブを普及させ、冬期の暖房用にする。石油ストーブをなるべく使わないようにするには、灯油にも重税を課せばよい。灯油は生活必需品、という意識は撲滅だ。割り箸を使う日本文化を世界中に広めよう。割り箸は一回限りだが、そのあと燃やすという再利用(サーマルリサイクル)になる。
問題は切り出した木材の運搬に要するエネルギー(すなわち運搬車両燃料からの二酸化炭素)だ。北洋材(シベリア)、北米材のほうが輸送費(エネルギー)が少なくて済むという。遠くても大型船舶が利用できるからだ。おかげで、国産材は近くなのに伐採されずに山は荒れたままにされている。
文痴の提案は、平野の休耕水田に植林せよ、ということだ。伐採輸送費用が格段に安くなり、国産材が利用されるようになる。
(参考)遊休水田に木を植え、平野の森林をつくろう
7/24/2008
高校野球県予選はローカルニュース
今年の高校甲子園野球は北京五輪のせいか、少し前倒しらしい(高校野球音痴の文痴にはその確信がない)。
問題だと思うのは、朝日新聞ほかの全国版ページに県予選の結果まで載っていることだ。ローカルニュースだろう。県版のページに任せるべきだ。他の県(沖縄?)の途中経過まで知りたいらしい。場合によっては、地元より優先するのか。
まえに全国どこでもマツモトキヨシのドラッグストアが進出していると書いたが、地元のことより全国情報・価値が優先する(日本)国民だ。地方分権なんか県民意識からして成立しない。県知事だけの要求だろう。
問題だと思うのは、朝日新聞ほかの全国版ページに県予選の結果まで載っていることだ。ローカルニュースだろう。県版のページに任せるべきだ。他の県(沖縄?)の途中経過まで知りたいらしい。場合によっては、地元より優先するのか。
まえに全国どこでもマツモトキヨシのドラッグストアが進出していると書いたが、地元のことより全国情報・価値が優先する(日本)国民だ。地方分権なんか県民意識からして成立しない。県知事だけの要求だろう。
7/22/2008
門外漢の論説氏が門外漢を非難、日経紙温暖化論調
日経新聞7/20に論説委員・塩谷喜雄氏の「温暖化巡る日本社会の不思議」が掲載された。人為的温暖化に疑問を呈する意見が多出していることが不思議なようだ。
文痴は人為的温暖化に疑問があるが、論説氏の意見(「」内で引用)にも疑問を呈したい。
まずは「科学的には決着している地球の温暖化」について、科学的とは言えない部分もあることをご存じないか、その疑問が「地球科学とも気象学とも無縁の門外漢の学者の言説」だから科学的といえないのか、はっきりしない。論説氏は門外漢だから、同じ門外漢の意見を頭からはねているのだろう。
つぎに、「IPCCが昨年、断言した」し、「参加した科学者は世界中から30万人以上」だから、科学的に間違いないとしている。論説氏は少数でも真理だったガリレオの故事をご存じでないらしい。またイザヤベンダサンの全員一致の結論は無効の警句も。
ほかにもいろいろ同様の論理的展開となっているが、門外漢の論説氏に判定できることではないと、自身の門外漢の理屈論で少なくとも言えるのではないか?
門外漢の諸疑問に30万人の科学者の誰かが個々具体に答えることが科学的と言われるためには不可欠だ。「科学的な理解を欠く安直な論法」に対しても、科学的に答えなければ、門内も科学的でない証拠になる。
文痴は人為的温暖化に疑問があるが、論説氏の意見(「」内で引用)にも疑問を呈したい。
まずは「科学的には決着している地球の温暖化」について、科学的とは言えない部分もあることをご存じないか、その疑問が「地球科学とも気象学とも無縁の門外漢の学者の言説」だから科学的といえないのか、はっきりしない。論説氏は門外漢だから、同じ門外漢の意見を頭からはねているのだろう。
つぎに、「IPCCが昨年、断言した」し、「参加した科学者は世界中から30万人以上」だから、科学的に間違いないとしている。論説氏は少数でも真理だったガリレオの故事をご存じでないらしい。またイザヤベンダサンの全員一致の結論は無効の警句も。
ほかにもいろいろ同様の論理的展開となっているが、門外漢の論説氏に判定できることではないと、自身の門外漢の理屈論で少なくとも言えるのではないか?
門外漢の諸疑問に30万人の科学者の誰かが個々具体に答えることが科学的と言われるためには不可欠だ。「科学的な理解を欠く安直な論法」に対しても、科学的に答えなければ、門内も科学的でない証拠になる。
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