7/28/2021

感染者数でなく、その微分値、積分値のほうを見よ

東京で一日の新規感染者報告数が2,000人を超えたとして大騒ぎになっている。昨年の45月での200人程度からは10倍になっている。しかし、2,000人が3,000人に急増するのと200人が300人に増えるのとでは同じ感染現象が起きていることに留意すべきだ。要は感染状況には微分値を見るべきだ、ということだ。これは実効再生産数の動きでもわかる。その数値は一年前もいまも1.5以下だ。これがいずれ1.0以下に収束しないで、逆に2.0以上になれば警戒してよい。

 問題なのは感染者数の積分値だ。毎日の感染者数は積み上がって病院などの負担になる。だから、感染者数だけでなく、感染後のとくに重症者数(これは現在値、感染者数の積分値に比例)が許容数を超えないか、をウォッチしなければならない。

 そして、変異株のデルタ株など、重症化率の変化にも関係する。デルタ株が感染しやすいという憶測があるがそのエビデンスが欲しい。

7/23/2021

1.3倍伸びがずっと続くわけがない(ピークがある)

 西浦先生がまた等比的計算(だけ)で「予測」した。それだけだったら、中学生でも計算可能だ。実効再生産数が1.2から10%減少しても、3,000人を超えると言うが、この数が1を超えたから増えているので、1以下になったら減少に転ずる。実効再生産数がこの先どうなるかを予測するのが先だ。それが感染症数理モデルのポイントだと思うが。

 最近、TVなどで前週同曜日比(差)とか一週間平均前週比などのトレンド紹介が多いが、これは報告数に人為的ばらつきが多いことがわかりやすさに欠けたので、国民向けにわかりやすく処理したものだ。しかし、学識者までがこの方式で説明してしたり顔になるのはやめてほしい。世の中の現象ではトレンドでの説明が突然できなくなる質的急変があることが激変と言われ、それへの対処ができないようでは国が滅ぶだろう。

7/21/2021

立花隆は民意に追随する週刊誌記者の側面が残っている

 「安保法案騒動のなかで、国民の相当部分が、安倍首相の平和マインドそのものを疑いはじめている」(「文民統制の危機」立花隆・文藝春秋2015年11月号巻頭随筆を再録)

 安保法案の国会審議で、(強行?)採決時に(元)ヒゲの隊長(佐藤正久参議院議員)が影で指揮をとっていたことをもって、シビリアンコントロールに問題が生じている旨の文章だ。

 徹底抵抗の野党が「強行採決」されたことを演じた。それが大衆の印象で、その意味では野党の作戦勝ちだった。

 そのことに立花が同様の感想(だけ)を持つのでは情けない。巻頭随筆なら、もっとこの法案自身の深い問題点を簡潔に説明したうえで、上記の安倍首相への危惧の文章になるべきだ。

 私からすると、明治憲法の統帥権の独立条項のみでシビリアンコントロールが侵された。戦後はその反省で、文民統制を法定化する努力がなされ、この安保法制で米軍との集団自衛権行使時も「存立危機事態」などの内閣・国会での決定が必要なことが法定され、自衛隊の独走を許さないようになっている。

 それにヒゲの隊長は元軍人であっていまは民間人の国会議員、立派なシビリアンだ。

(故人の有名人なので敬称は略しました)
文春新書『知的ヒントの見つけ方』立花隆 | 新書
BOOKS.BUNSHUN.JP
文春新書『知的ヒントの見つけ方』立花隆 | 新書
日々の暮らしには知的ヒントがうまっている 「知の巨人」は普段どんなことを考えているのか。日々のニュースから歴史に思いを馳せ自らの病から生と死を考える知的生活者の日常。

7/19/2021

1日3,500人に遭遇してそのうち1人が陽性者だ

新型コロナが極めて稀な感染だと言うことを7/11に書いた。「東京都(1,400万人)で毎日1,000人の感染者でも都民全員が感染するのに1.4万日(38年)かかるほどの少なさだ」と。

 さらに感染は既陽性者との接触からなので、その出会いが如何に稀かを計算してみる。

 毎日、東京都で1,000人の新規感染があるとして、その陽性者が感染力を保持するのは五日間程度と言われる。計5,000人の陽性者がいる勘定だ。そのうち少なくとも20%程度は有症状ですぐに入院隔離されるだろうから、4,000人の無症状者と軽症でも動き回る人がいる。これを都の総人口で割ると、4,000/14,000,000=1/3,500となる。つまり3,500人もの人に遭遇してその1人が陽性者だ。それも会話をするなど近距離で10分間以上(COCOAでは1m、15分間)となると、それよりも感染チャンスは少なくなる。

 もちろん三密の空間で1人の陽性者がいたら何十人にも感染させる(クラスター)ので、その場合は計算外だ。

 つまり、三密を避ける生活をすれば、都内と言えど、感染することはごく稀で、その計算からも1,000人程度で怖れる必要は少ない。

7/18/2021

著述家は書いてあるものがすべてだ

ある論者の個別の文を評価する場合、その人物への全般的評判から判断を下してしまう場合がある。しかし、それら論者の一つ一つの文章は書いてあるものがすべてなので、ほかの既往の文での評価だけから類推してしまうことには無理がある。

それが全般的悪評価の場合はさらに読み加えていくことには忌避感があるが、すべて門前払いはよくないだろう。

逆に全般的「良」評価している場合で個別の文章すべてを類推して信じてしまうのは、それこそ「信者」に成り下がってしまう。

書いて(描いて)あるものをそれだけで評価する態度を養いたい。これは芸術家(絵画、音楽など)でも言えることだ。他人の余計な作家評論は参考にしないほうがよい場合が多い。


7/17/2021

都知事の遠吠え

梅雨明け最初の土曜日は高速道路の下り線が午後になっても渋滞が続いている。夏で晴れて週末だったら、郊外にお出かけだ。都県境をまたぐ抵抗は全くない。これで感染者が増える要因は全くなく、人口密度の少ない近県に出かけるのだったら、感染が都内繁華街で少なくなるかもしれない。

 それにしても「お家でTV観戦を」という都知事の威令は全く届かない。それに効果があることが前提の感染対策は意味がない。そもそも感染症対策は社会心理学的な反応も加味すべき総合科学だが、相も変わらず、感染症数理モデルなどの社会の動きを無視した机上の空論となっていて、反省する兆しもない。

、「1:10 76% jartic.or.jp ©JARTIC 07月17日13時05分現在 入口閉鎖】 横浜横須賀道路 (上下) 逗子 图央鶴ヶ島 裁 甲信 狭山日高 入間 圈 各種 情報 青梅 + C3 東 京 道 日の出 あきる野 デジタル 地図へ 表示切替 高尾山 相模原 中央道 相模原愛 東京都 图央厚木 C4 圈 海老名 I 首都高 玉川 E1 東名高速 厚木西 神奈川県 京浜川崎 都婉 E83 港北 羽沢 浜 保土ヶ谷 常盤台 伊勢原 平塚 海老名南JCT E83 寒川北 横浜新道 高速道路図選択 CA 東京湾 新保土ヶ谷 都道府県選択 荻窪 ா 日産自動車 日産の先進技術をあなたのもの」というテキストの画像のようです
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7/14/2021

静岡県は逃げているだけ

難波氏はこの盛り土について、周囲から水が集まりやすい谷の最上部に設けられた▽法令に反して届け出と異なる工事が行われた▽届け出の高さの15メートルを超え、工法が不適切だった――と説明。盛り土の高さは最大50メートル以上で、適切な排水設備はなかった可能性が高いとの推測を示した。(ニュースより)

 論争点は、違反盛土となるような行為になぜ熱海市は許可したのか?違反盛土でなくても崩壊した異常降雨だったか?違反となるような行為を見逃した熱海市の怠慢、などだ。県条例違反なのでその点の懲罰はあるべきだが、それ以上は自然現象だ。また、懲罰対象の埋めて業者が消滅している。所有権も善意の第三者に移転している。

 一昨年の台風19号の異常降雨にも耐えているので、異常自然現象によるものかの検証は不可欠だ。そもそも人家密集の谷の最上流に盛土を認めること自体が熱海市による不適切許可行為と言えないか?

 難波副知事の「いまはない」業者だけに責任を押しつける発言は結果として無責任にならないか?その不法行為に対する現在での解決にならないし、今後の土木工学的解決にもいたらない。静岡県当局の政治的な逃避行動だけだ。

熱海土石流「違法な盛り土が原因」 静岡副知事が見解示す(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

7/13/2021

接種回数を毎日集計すればよい

ワクチンが日本全体では十分供給されているのに各自治体などの接種現場では足りないという。

 理由はいろいろ考えられ、流通在庫がそれだと指摘するが、冷凍保管が必要なので、「道路上、倉庫に」そんなにあるわけはない。トヨタの在庫ゼロよりもっと厳格だろう。VRS登録前の接種したが接種記録されていない回数が多い。この概数を把握するのは簡単で、各自治体などの接種主体にはワクチンの使用本数の記録が毎日あるはずだ。そうでないとワクチンという貴重品の管理としては不適切だ。その数だけを毎日集計するのはわけはない。全国で3,000程度の箇所からの報告をまとめるだけだ。もし、接種記録をVRSに登録するのに手間がかかるなら(実際そうなっているらしい)当日集計できるのは接種回数だけだ。そしてそれは選挙の投票率でも同じなので自治体の得意とするところだ。

 もし、VRS登録が遅れていることが多数だとすると、実際の接種回数はもっと増えているはずだ。120万回/日より多くなっているかも。

7/11/2021

国民の分断こそが日本を失わせる

西村大臣の飲食店包囲発言で国民の分断が生じた。これが大問題で、感染状況は諸外国と比べてもたいしたことはなく、五輪も無観客で開催するケースとなることは解決しつつあった。

 そもそもは日本国民は自粛要請に従う。今回までの行政指導もその一環で、異論の議論にならないから出せたものだ。

 無理な要請を出すから、国民の分断という重大な結果となった。エビデンス開示などでの意を尽くした説明で納得してもらう、という前提がないからだ(過料は従わせる手段と化した)。デルタ株でワクチン未接種の中年に重症化事例が比較的多くなったのはなぜか?病院の一例では、主として喫煙者、基礎疾患患者が重症化しているのは中年層(40,50代)でも同じだと言う。これは全患者での統計値でもそうだと思う。デルタ株での統計がすでにあると思う。それを説明しないと四回目の緊急事態を宣言できない。

7/07/2021

危険なところを取材してこそマスコミだ

災害(災害中でも復旧中でも)でのTVマスコミの現場からの実況に決まり文句がある。「 安全は十分確保してお伝えしています」という枕詞がつく。

放送局の人も被災する可能性があるから、私も見ていて十分そうして欲しいとは思う。しかし、わさわざそれを断り文句として添える必要はない。何よりも自分のことで、警察などの規制ラインの先にはマスコミと言えど安全のために立ち入れない。視聴者も見れば一目瞭然でそれは理解できる。

これは放送局内の自主規制ではないのか?それとも視聴者で文句を言う人がいるのか。

マスコミは事実を伝えるためなら少々危険なところにも行って、取材とか撮影をして、真実を世界に知らせるという使命感がある。ところが、紛争中のシリアにはフリーのカメラマンに任せて、放射線被曝の危険がある福島第一発電所付近には決して近づかないようにしてきた。全くリスクはとらないでマスコミの使命は果たせるのだろうか、甚だ疑問だ。

7/02/2021

自粛方式の日本で困る、さばが読まれている

新型コロナ感染対策で日本では法律で強制するのではなく自粛で行動を規制してもらう方式だ。これは世界に誇れると思っていたが、1年経ってみてその欠点がわかってくる。

自粛の呼びかけにすべての人が従うかはわからない。だから、その呼びかけは少し脅かすものにして、従う率を高めようとする。1年前、都知事は「ロックダウンになるかもしれない」西浦先生は「40万人死ぬかもしれない」と「さばを読んで」呼びかけた。それがうまくはいって第一波は無事収まった。その成功体験で、第二波以降でも都県境を跨ぐなとか実行不可能な「さば」を出し続けた。都民はバカではないので、さばを読まれていることはわかっている。だから、1年後には自粛要請の効き目が薄くなっただけのことだ。

困ったことにさば読みは医療関係者に多い。ポジショントークとしてやむを得ないことだが、菅首相の横で、そして国会の委員会で「責任者のようにさばを読む」(尾身会長)と、受け取る国民は政府の一員の責任発言ととらえるから、ますますそれらの専門家発言を割引いてしまうことになる。

次回のパンデミック対策のためにもこの自粛方式の悪習は改めたほうがよい。