7/30/2022

知事会のオミクロン対策が現実的

黒岩知事は「2類相当」となっていることで保健所業務や医療機関の負担が大きくなっており、オミクロン型では実態に合っていないと指摘した。

 後藤厚労相はインフルエンザより致死率が高く、感染力が強いことや病床逼迫の恐れがあることなどから、2類相当のまま対応するとした。(NHK)

 感染症対策は医療選別(トリアージ)が中心だ。従来の医療体制で数的にも対応できるなら、公的に対応しなくても、そのうち集団免疫となる。重症化と後遺症が心配な人は個別に用心すれば良い。その安心より行動の自由が大切だったら、感染確率が高くなっても行動するというリスク判断となる(BA.5では行動の自由のほうを選択しているので、感染が爆発的になった)。すべてはその個人の考えだ。問題は公的対応しつづける保健所、コロナ病院の繁忙で、このままだと従来の大病への対応までしわ寄せが行く。命を守るリスク判断としては新型コロナだけに重点を置きすぎる期間は過ぎた。

 百年前のスペイン風邪(インフルエンザ)も2年間であらかた沈静化した。政府はワイドショー世論におもねすぎる。参議院選も終わったので知事提案の現実的政策に戻って欲しい。

7/12/2022

家族内トラブルが社会に最後まで残った

母親が入信した頃、山上容疑者は高校生で、母親はまもなくして自宅を売却し、02年に破産宣告を受けていた。時期的に多額の献金が原因だった可能性がある。(読売)

 社会の支配構造が民主的になっても、社会のいざこざを裁定する裁判機能は必要であり続ける。民主社会以前の鎌倉幕府は武士の間の紛争仲裁を期待されて成立した。

 現在は司法制度は完備されているが、唯一介入できれていないのが、家族内のトラブルだ。山上容疑者の気持ちに立ってみれば、母親の入信とそれに伴う経済的損失問題はどこにも持って行きようがない。そのような出口が見えない失意を抱いたとき、ほとんどの人はあきらめるが、解決しようとする一部は自暴自棄的になりやすい。何か大きな騒ぎを起こせば、この苦境が社会に分かってもらえると、自己の破滅を賭けてする。安倍氏はその何か大きなことの対象になってしまった。

 殺人事件で一番多いのは親族間のトラブルによるものだ。関係ない人を通り魔的に殺しても意味が全くないからだ。社会の最小単位での家族内のトラブルを解決する、これが子どもの虐待防止などにもなる、こども家庭庁の最大の仕事となると思うが。

 幸い政治思想的な背景はなかったが、残ったこれらの問題を解決しないと幸福な社会とはならない。

7/09/2022

日本の街頭演説ではもともと危険だった

安倍元首相遭難死(7/8)の翌日の今日も投票日前ラストデーで街頭演説などは継続するそうだ。

 警備を厳重にしても、街頭で不特定の有権者と触れあうようなスタイルでは危ない。米国みたいに防弾ガラスで防護するようでないと今後日本でも難しくなるのではないか?

 管理された屋内の空間などでの出席者を選んだ個人演説会のスタイルが適当だろう。もちろん有権者多数に呼びかけたい、とする運動方式は必要だが、大部分の国民はTVでの録画でその政権演説などに接する。要はTVに映るに最適の場所での演説ができれば良いのだろう。それは管理空間での個人演説会だろう。

 それと政権与党の閣僚まで東京を留守にして応援演説に駆け回る。確実な行政の観点からみたら困ったことだ。

7/04/2022

太陽光発電(風力も)はkwでなくkwhが期待されている

電力需給がひっ迫するのは、日中から夕方遅くにかけてで、電力需要の少ない深夜の発電分などはほぼ関係がないから(太陽光発電の発電出力kwだけに注目すべきだ・・・日経XTECH)

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00138/062801072/

 再エネ発電批判論にアップデートが必要だというこの記事の論はその通りだ。しかし、上記引用部分の論には太陽光発電の発電特性と電力需要との時間的(季節も)制約を細かくは把握していない。

 1日の電力需要変動は人間活動の時間帯に集中していて、必ずしもそれが昼間だけとは限らない。今夏の危機である冷房需要も夕方から夜間にかけても相当量残る。

 さらには冬期晴天時、曇雨天時には出力も相当落ちる。だから定格(最大時)出力のkwをそのまま当てにはできない。当てにできるのは太陽光発電時にはその発電分kwhにあたる火力化石燃料を省ける省マネー(省CO2)だけだ。だから、バックアップの火力まで連結した計算にしないと意味がない。風力発電も有風時だけなので同じ構造だ。再エネでもバイオ燃料火力、地熱発電はkwとkwhは同じ評価を受けられる。