4/30/2018

May 7, 2002 :ベトナムの交通ルール  


ベトナムには道路交通法がないという。ないのは遅れているからだが、かえってその方が、自然のルールが出来上がって良いのだそうだ。
 
ツアーのバスの最前列に陣取って、交通の流れを見ていると、その凄まじさに頭がクラクラする。何しろバイクの群が雲霞の如くすれ違い、あるいは抜き合っていく。砂糖を目指し行進するアリの如く、次から次へとわき出てくる感じだ。バイク交通量が、四輪車の数十倍はあるから、彼らは二列三列で車線一杯に疾走する。二列三列になるのは、よく見ると遅いバイクを速いのが追い越しているからでもある。バスが彼らを追い越すときは完全に対向車線(左)に出なければならない。そうなると、向こうから来るバイクの大群があわてふためく。向こうから稀に四輪車が来ようものならパニックだ。
 
運転手の気持ちになって、前方を注視していると、自分が曲芸的な運転しているような錯覚に襲われ、ドット疲れを覚えたので、後席へと目の休息のために移動して、ベトナム特別道路事情の視察は終わった。
 
考えてみれば、運転者同士あるいは歩行者は事故になるのは皆困る。だから、最低右側通行を守り、はみ出さざるを得ない場合でも、中央線から半分の各々の優先権は守るようになる。危ないときスピードを出さないのは当たり前だ。危なくないときスピードを出しても大丈夫。危なくないからだ(変な理屈)。歩行者が横断する場合でも、遭遇する車、バイクは彼らの動きを見てスピード・方向を決めている。
 
法律で勝手にルールを決めて、それを交通警察が守らせようとすると、それに人々は頼るようになるから、かえって危険性が増すようだ。

4/28/2018

May 6, 2002 :米は越に負けた  


ホーチミン市郊外のクチ・トンネル。ベトナム戦争でのアメリカ敗退の象徴だ。
 
そのツアーガイドのフォン(香)氏。「ベトナムは蒙古(元)、明、フランス、アメリカ(韓国)、中国に攻められたが、結局勝って追い返した。日本にもちょっぴりだったけどね」と日本人グループには言いにくそうに言う。「世界最強の米軍に攻められて、勝ったのは、アメリカにやる気がなかったのね」と当時赤ん坊だったくせに、知ったように言う。でも「今、アメリカと戦争したら、1日で降参よ」と、現在は友好国であるアメリカの実力を持ち上げる。
 
ガイド・フォン氏が言うように、アメリカは国民の反対があり、戦争に挙国一致といかなかった。ホー・チ・ミンもそこを狙って、アメリカのマスコミ対策の戦争をした。
 
ベトナムは自主独立の国で、他国の干渉を許さず、フォン氏の言う民族自立の戦いの歴史を繰り返してきた。共産主義と自由主義との戦いなんかでは決してなかった。そこをアメリカの「Best and brightest」は間違えた。
 
現在ドイモイで活気のあるベトナムを訪れると、愚かなアメリカの時代・20世紀後半だったと、実感できる。
 
岡崎久彦氏によると、20世紀の世界の争いは、すべてデモクラシー・アメリカの「国民」の「過誤」から説明できるという。
 
また、ベトナムと朝鮮は大国支那と似たような地理関係にありながら、どうしてこうも違うのか?は次なるテーマ。

4/26/2018

Apr 27, 2002 :ローマ人の物語Ⅹ  


ローマ人の物語Ⅹ「すべての道はローマに通ず」(H13.12刊)を読了しました。
 
社会のインフラをローマ人は大切にし、その代表がローマ街道作りなことはあまりにも有名です。
 
作者塩野七生は「ソフト」なインフラとして教育システムも話題にあげています。ローマの遺跡には学校跡は見つけられません。私塾的なものが大半だったからです。ローマの国としては施設に補助するのではなく、教師にローマ市民権を与えることで優遇し、自由競争により教育を盛んにしました。
 
そのローマが東と西に分裂し、キリスト教を国教として、もともとの多神教を迫害しだしたころ、教育も公営化されました。キリスト教という一つの考えで、社会を統一しようとしたときから、ローマそのものも衰退し始めました。もともとあった研究機関(いまでいう大学院大学)のアテネのアカデミア、アレクサンドリアのムセイオンも廃校になりました。
 
塩野女史は次の言葉でローマの衰退を葬送(おく)っています。
「疑いをいだくことが研究の基本だが、世の中は、信ずる者は幸いなれ、の一色になったからであった」

4/24/2018

Jan 25, 2002 :日の丸を掲げる学校と掲げない学校  


渡部昇一「国民の教育」を読み進んでいます。
 
彼は教育の選択の自由を主張している。品川区での複数の小学校から通う学校を選ぶとの先進的な試みはその方向だ。
 
そこで思いついたのが、国立市の小学校の国旗、国歌問題だ。皆が人間性を失ってまで争っている。学校を2つ作ればよい。一つは、国旗国歌を無視する学校。もう一つは、従来の学校。親はどちらか好きな学校を選択して通わせることが出来る。先生も自分の主張に会わせそれぞれに分かれる。
 
これですべてが解決する。どちらの学校に大勢集まるかは見ものですね。
 
選択の自由があるのが、自由主義国家日本の良いところではないか?

4/22/2018

Jan 3, 2002 :日本は韓国の座標軸か?  


韓国の人にとって、日本への憧れと嫌日の気持ちは同居している。かっての日米関係と似ている。
 
韓国は近代史において多大の引け目を感じている。李氏朝鮮の政権の歴史的な責任が大きいが、それをいま取り戻そうという熱意において理解は出来るが、何かにつけ、日本との比較で物事を考えるのはどうにかならないか。
 
日本という存在が不動の座標軸のようであり、韓国はそれに対しどの位置にいるのかを常に確かめるようなことだ。座標軸、原点だからと尊敬されているわけではない。そのような大きな存在であることを表面では認めたがらない反動が常にある。
 
日米関係はそれと明らかに違う。日本人は大きな存在に常に正対してきたところがある。正当な対米批判の自由もあった。韓国人もそうあって欲しいが、日本国内の反日的日本人の存在が邪魔をしている。
 
アメリカにはそういう人はいない。相手の国と組んで自国を攻撃するとは理解の外だろう。

4/20/2018

Jan 3, 2002 :日韓中新時代  


昨年来の近隣諸国との問題について考えた。
 
中国、韓国、台湾だ。北朝鮮については馬鹿らしくて問題提起するほどののこともない。
 
台湾と朝鮮に対し、戦前戦中ほぼおなじ事をしたのに、なぜこうも違うのか?好き嫌いは相互作用だから説明にならない。韓国まして中国は、文化、伝統の長さから言って、日本より明らかに上だった。その両国が近代化に乗り遅れた。持てる文化があって、そのポテンシャルからしか西洋文明を見られなかったことが原因か?下と見ていた日本が列強グループにまでのし上がって、両国を支配にかかったことは、とうてい許せることではない。それも長幼の序を重んじる儒教の両国だから。
 
台湾はもともと化外の地。日本によって文明が与えられた。でも、新世紀になって、戦争世代も半世紀を経て退場し、過去にとらわれる必要のない新世代が中心となりつつある。
 
ことしは世界杯蹴球両国開催の年。夏にかけても、大騒動でトップの一投足を監視するような「踏み絵」はやめてほしい。

4/18/2018

Dec 28, 2001:日本はもともと海賊国家  


ソウル発 26日 ロイター電によると、 
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、鹿児島県・奄美大島沖での不審船事件について、日本政府の対応を“海賊行為”であるとして非難した。朝鮮中央通信(KCNA)は、他国の海域で犯罪行為がなされたことを、許し難いテロ行為であると非難。日本にしかできない、国際法を無視した不法な海賊行為であると述べた。また、日本の反動勢力は不審船を北朝鮮のスパイ船であるかのような観測を広げようとしていると指摘した。
 
むかし倭寇というのがあった。日本は本来海洋民族だ。中国朝鮮沿岸まで出かけていって、商売がうまくいかなくなると、海賊に変身した。スペイン・ポルトガル、イギリスも同じ。
 
いまは、不審船あるいは密航船にいいように沿岸を荒らされている。海洋国ニッポンがんばれ。
 
それにしても、朝鮮という国は不思議だ。自分ところの船でないのに海賊に沈められたと抗議する意味があるのかね。

4/16/2018

Dec 9, 2001 :新ゴーマニズム宣言を読んで  

小林よしのり「新ゴーマニズム宣言」の一冊を読み終わりました。 
 
従軍慰安婦は国家によって強制連行されたのか?「国内」において色々議論があってしかるべきだと思います。
 
とくに、祖父の時代のことですし、兵隊に行って慰安婦を実際に「買春」したわけですから、彼ら一番の当事者から聞いてみないことには真実は分かりません。慰安婦の彼女たちが強制的に連れてこられたのかは彼女たちと接していたものが一番よく分かる。
 
いま、どちら側でも真実が分かったと言えるには証拠が少なすぎる。
 
祖父の時代の数多い国内関係者の証言を聞かないで、何しろ謝るべきだ、というのは、戦後生まれあるいは女性で関係のないものの「偽善」としか思えません。

「偽善」とは「見せかけにする善事」。もし、祖父達の犯罪がなかったとしたら、日本人の先輩達を無実の罪に陥れて、自分だけいい子になろうとする、人間性を疑う行為と言わざるを得ない。関係のないものが、日本国の名において「何しろ謝った方がいい」というのは大それた事ではないでしょうか?それも新聞を読んだだけの薄っぺらな知識でもって、人を断罪するなんて。とてもできない。

4/14/2018

「セクハラ」とかたづけるな

 財務省福田事務次官の「セクハラ」は本人の悪い性癖からだろう。そのうえで

 「セクハラ」とかっこ付きで言うのは、被害の女性記者の場合、特殊な状況だからだ。下の写真(東京新聞記事中)にもあるとおり、この場合の女性(と支援者の女性)は弱い立場にはない。セクハラはパワハラの一環で男性上司から弱い立場の部下女性に対してなされる(ほかにも地位的な上下関係がある場合)。女性記者はセクハラ被害を再度回避するために、福田氏との会席などに欠席することができる(上下関係にない)。もちろん欠席には社の上司の許可は取る。それをわざわざ会席に出て、隠しマイクを仕掛け、週刊新潮を経由して公開する。これで「弱い人間」だろうか?むしろ、特ダネのためには身を犠牲にしてもがんばる職業女性だ。

 この記事の東京新聞には望月衣塑子記者が在籍する。彼女はこの記事も書いているが、官房長官記者会見では「勇ましく」菅長官へ執拗な質問を繰り返す。今回の女性記者は特定されていないが、望月記者のように「勇ましい」ことが想像される。

 セクハラ問題ではない、のではないか?

4/13/2018

Dec 4, 2001 :中国という国と支那という地域  

秦からChina、支那という地域名が生まれたそうだ。
 
国名は、四千年の歴史で、易姓革命により、激しく変わつた。清の次は中華民国、中華人民共和国、略してどちらも「中国」。漢字の他国民が呼ぶときはそう理解するしかない。
 
「中国」とは自国民が「我が国」と言っているのと同じだから。(日本人も日本のことを中国と言った例がある)
 
「支那」は差別語扱いで、ATOK,IMEからもはずされたが、中国人(支那人がここでは正確な言い方)に強制しているわけでない。外国人が何と呼ぼうと勝手ではないか。例えば「イギリス」。イギリス人には何のことか分からないが、それに反対しはしない。いまさら、イングランドを日本語に出来ない。ミャンマーと呼ぶことを強いたビルマも同じ。
 
韓国人(韓国語)というのもおかしい。韓国(大韓民国の略)は国名で、朝鮮が地域名だ。朝鮮という地域に、過去、新羅、百済、高句麗など数多くの国が盛衰した。だから、朝鮮人、朝鮮語というのが正しい。
 
北朝鮮が長い国名の中に「朝鮮」という文字を入れているからというのとは関係ない。
 
日本だけは地域名と万世一系の国名(ただ一つ)が一致している希有な例だ。

4/11/2018

Nov 28, 2001 :平和を愛するムスリム  

自由な国で一握りの決死のテロリストが隠れて行動したら、その社会の安全は成立しない。安全のため、自由の行き着く先が「不自由」とは何ともやりきれない。 
 
でも、ムスリムは平和を愛する宗教だ。一握りの決死隊はアルカイダ、昔は神風特攻隊だけだ。
 
ジハード(聖戦)の誘いに乗って、パキスタンからアフガニスタンに義勇兵が渡ったが、みな命は惜しい。利にさとい。パキスタン国内のデモは単なるポーズだったことが分かる。シンパとはそういうもの。アラブもそのように人間らしくて、とてもほっとした気分だ。

4/09/2018

Nov 26, 2001 :ノモンハンの夏  

今頃になってやっと、半藤一利「ノモンハンの夏」を読みました。図書館主義なので、書棚に何気なく見つけたから。
 
石原莞爾の満州国建国までは、それなりに目的があった。しかし謀略だから、中国の人には言い訳は出来ない。満州を押さえた日本軍はその後ダメになった。それまであった自己の目的(坂の上の雲?)すらもなくなった。
 
半藤氏は戦略も政略もないと書いている。あの悪のヒトラー、スターリンと比べて、いい悪いの問題でなく、目的がなく、戦略戦術すらもなく、「失敗の本質」どおりの敗北へ向けてまっしぐら。スターリンは勝った。70年後には負けたが。
 
若手将校の下克上が直接の原因だが、一番悪いのは、それを放置した、元帥、大将クラスの高級将校。自分たちに定見も能力もないのに、日露戦争の大山元帥のマネかしらんが、大物ぶったことだ。参謀の児玉源太郎がいたから出来たことに気が付かない。参謀も、服部、辻では児玉と大違い。

4/07/2018

民放の生き残る道は党派性

 民放がネット時代に危機に瀕しているという。自然に衰退するのを待つのだが、結果としてNHKだけになるそれでよいのではないか?NHKは放送法の規定にかかわらず、全国民から受信料をいただいているので公平、政治的中立を確保しなければならない。NHK自身がそのように努力しているのでまあまあそのようになっている(細かい異論はあるが)。

 民放がこのさき生き残るには逆にある程度、政治的立ち位置を決めて、それらの特定視聴者を確保するしかない。新聞がそうなっている。そのためには放送法第4条は撤廃する方向だ。

 NHKだけになったら言論の多様性がなくなる、という意見があろうが、新聞・雑誌の紙媒体もあるし、ネット議論もある。NHK以外のテレビは娯楽チャンネルとしては十分残るが、所詮国民がテレビに期待するのはそこだけだ。

4/06/2018

奉行所の取り調べに似ている国会証人喚問

 法治国家の日本では、悪を追及して断罪するのは法と証拠に基づくべきだ。これは司法過程のみならず、立法機関の国会でも当てはまるべきことだ。国会では法律に基づいていることはもちろんだが、証拠を収集する能力は司法機関に比べて劣っている。

 江戸時代の奉行所での取り調べは、憶測で捕縛した犯人(容疑者だが)をお白砂に跪かせ、威嚇的に行われる。証拠を十分には集められないので、最後(判決)は「恐れ入ったか」(幕府の権威に従えば罪一等許す訓示)である。

 森友問題での国会審議を見ると、その「お白砂」は証人喚問、そこで証拠が見つけられないから「恐れ入ったか」のマスコミ総動員での糾弾(印象操作)で大団円となる。罪を問うなら司法になるが、国会にはその力がないから江戸時代のようにならざるを得ない。これが法治国家だろうか?隣国の人治主義を嗤えない。

Nov 12, 2001 :ウサマが犯人  

ウサマ・ビンラーディンが関与した証拠はあるのか?と以前誰かが言っていた。証拠、証拠と言うのは悪い奴の居直りに違いないと、前に主張した。 
 
でも、動かぬ証拠がある。 ウサマの演説ビデオだ。その中で彼は、自分は濡れ衣だと一回も言っていない。カタールの独立メディア経由だから、編集カットはされていないはずだ。彼は、自分はテロの黒幕で、アメリカ等のキリスト社会に挑戦していることを、正直に言っている。
 
ウサマに味方する人たちは、アメリカに対抗するためには無差別テロのように手段を選ぶ必要がないことを、主張しているのと同等であることを、考えるべきだ。たとえ心情的支持であっても。

4/04/2018

Nov 6, 2001 :軍隊の制服が平和を守る  

4年前の5月、エジプト・ルクソールのハトシェプト祭葬殿に回ったとき、軍人がカービン銃を手に、厳重警戒していた。何の騒ぎかといぶかっていたところ、そのあとの夏には、イスラム原理主義者による観光客大量虐殺が、その場所であった。観光客を守るべき軍隊が手をゆるめたからに違いない。
 
石光真清にも、軍隊の警備の話が出てくる。日本軍のシベリア出兵は、ロシア革命で秩序が混乱していた当地に、現地のコザック政府が要請したものだ。日本軍の規律正しい兵隊が来れば、秩序は回復する。武装した制服兵士への信頼は厚い。軍隊は戦争を思い起こさせると言うけれど、秩序が回復して、平和への力の象徴でもある。
 
勿論、市民を圧迫する力となってはいけないし、日本軍もシベリアに居座り続けたのがよくなかった。

4/02/2018

Oct 16, 2001 :一般市民という隠れ蓑  

一般市民を傷つけてはいけないというが、「一般市民」って何だろう。 
 
オマル師の親戚が爆撃死したという。彼らは一般市民なのか?疑わしいほうから言うと、タリバン戦士が平服でいた場合。戦士の家族。シンパ。…
 
あれだけ爆撃を予告したあと、カブールなどの危険地域の標的建物のそばに残留する人は、何らかの訳ありの人で、彼らを「一般市民」と呼んでいいものか?
 
昔風に言えば、南京攻略時の「便衣隊」。一般市民のふりをして、だまし討ちをする「兵士」は国際法上戦時保護を与えられない。最近風に言えば、ゲリラ戦法になり、平服を着て戦う戦術は普通になったが、彼らのことを決して「一般市民」とまで言うことはない。
 
ドイツあるいは他の先進国の無知な国民はそのことを知らない。
 
以上は、三浦朱門氏の論調でもある。「有名人」だからいいことを言う(のかな)。猪瀬直樹氏もそうだったが。