中国の法治は今に至るまで独裁者(朕)が決めた法による統治だ。あらかじめ何が法にもとるか決めているので、気まぐれな人治にはならない。日本でも大岡越前による人治(裁判)がもてはやされた。あくまでもその人治するお上の徳がある場合に評価される(法的安定性に欠ける)。
これらを法治というのはやめるべきだ。
法治は法に支配される国民が民主的に(国会で)決めた法律により自らが治められる場合のみだろう。 中国に全人代があるが、これは日本で言う国会とは到底言えない。
ICC(国際刑事裁判所)が国際法に基づき加盟国に関わる犯罪人を逮捕、裁判にかけるという。しかし、非加盟国の国民はそもそもその国際法を自ら決定に関与したものではなく、国内法により裁かれることはありうるものの、国際法にも服さなければならない理由はありえない。
これが太平洋戦争後の東京裁判で最大の法的論争を生んだ。A級戦犯もその戦争指導に日本国民から裁かれることはあり得ても、占領軍に裁かれることはないと信じていただろう。それほど驚天動地の法的解釈だった。
ICJ(国際司法裁判所)が国家間の裁判所なのは理屈があることだ(ほかにはないから)。それでも大国がその判決を紙くずだと軽視するのは判決への強制力を欠く国連の宿命だ。