1/10/2021

自粛は命令されるものではない

 コロナ禍のはじめから「自粛」という言葉の使い方に不信をもった。自粛は自ら進んでの行為だから、他人から強制も、さらには要請もされるものではない(自粛という日本語の使い方が間違い)。

日本では新型インフル特措法の建て付けが1年前の改正法では、外出の「禁止でなく自粛」に任せることになった。8割の人が外出しなければ感染は収束する、として実際は6割だったが、それで第一波はやり過ごせた。つまり、外出禁止の命令でなくても大部分の人は自粛する。命令すれば(ロックダウンになる)、10割が外出しなくなるが、それほど徹底しなくても感染収束につながる。だから、6割自粛の日本では命令する法律を必要とするわけではない。

ただ、自粛警察とか、時短に協力しない飲食店を公表する(従わせるために)とかになると、それらは自粛の域を大きくはずれて、一種社会問題化する。コロナには罹らないがコロナにまつわる争いに巻き込まれるのはどうにも不都合ではないか?コロナ対策は必ずしも完ぺきを期さなくても大丈夫だ、自粛に協力できる人だけでよい、という共通認識が欲しい。

もちろんだが、オーバーシュートしてロックダウンしなければ対応できなくなれば、自粛どころではない。

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