6/19/2016

蓮舫氏にも魅力的でない都知事の椅子

蓮舫参議院議員は当選確率最右翼の都知事選立候補を断った。

理由は国政でやることがある、ということだが、逆に言うと都政ではやれることが少ない、ということだろう。地方自治がない証拠だ。

さらには舛添辞任劇で明白となった、知事のポストの危うさだ。人気投票の知事ポストは人気が失われれば根拠がなくなる。議院内閣制の首相は自ら率いる与党に強固な政治的基盤を持つ。その政党には広範な国民支持層がある。

過去には長野県田中知事、鹿児島県阿久根市竹原市長は議会との争いで結局は辞任した。米国大統領なみの地位の安定性はない。地方自治が混乱しても国民生活にはたいした影響がないことから、首長と議会との二元性という相互牽制制度にしたのだろう。

いずれにせよ、自治体警察などとともに米国流の悪しき民主主義の誤用だろう。

6/12/2016

知事はドイツ大統領同様お飾りと思えばよい

舛添知事不適切支出問題だが、つまるところ、政治家の人格問題ではないだろうか?

とくに都道府県の知事は「県父」扱いで、とくに人格が要求される。政治力と人格を兼備の人物は少ないだろう。県知事は後述のように政治力はそうは必要ないから、人格だけは厳密に要求される。

政治力が必要ないのは、地方自治がないからだ。県の政治はすべて国の法律に基づいて実行される。条例といえど法律の下に決められる。地方自治は米占領軍の置き土産だが、米国の各州なみの自治の権限は与えなかった。知事は国の機関の長の扱いで、昔の官選でも差し支えない。

市町村も含め地方政治は二元代表制で首長と議会が対立すると泥沼に陥りやすい。そこで、議会の解散権とリコールの制度があるが、手続きが悠長で即効性がない。それでも特別支障がないのは、地方政治が混乱しても実害は少ないからだろう。

国政が混乱すると致命的だ。だから、議院内閣制をとって立法と行政に矛盾が生じないようにしている。米国などの二元代表の国政では大統領と議会の権限が厳密に分けられている。トランプ大統領になってもそこは安心だ。ドイツでは大統領はお飾り的存在だ。日本の知事も同様と思えばよい。


6/08/2016

不適切支出をしないのは公約扱い

政治資金規正法は支出に関し「ザル法」だと言われている。誰よりもそれを問題にしたのが舛添氏だった。だから、自らが「不適切」支出をしただけで辞任要求されるのだろう。他の政治家も同様に不適切な支出を多かれ少なかれしている。
宮崎議員がイクメン宣言をしながら不倫をして、辞任に追い込まれた。他の議員でも不倫をしても問題にされない場合が多い。政治家だったら不倫する、という「常識」があった。
都知事選で投票したイメージと違うではないか?ということにすぎない。

5/30/2016

たった2%でなぜ大騒ぎに

消費税の8%から10%への増税時期の延期について安倍首相から提案があった。今後、消費税法の改正が必要で、内閣に決める権限はない。

たった2%でなぜ大騒ぎになるのか?

2%がすべて経済に影響するとしても社会現象としての経済指標では誤差範囲ではないか?景気が低迷しているのは、所得が伸びないため、消費も停滞し、経済成長が期待できないという。2%より所得の伸び悩みの影響のほうが大きい。

所得が伸びないのは中国が工業製品貿易で世界経済に参入してからだ。中国の賃金は高くはなりつつあるが、依然低い水準だ。中国製品に対抗するには日本でも自国製品を安価にせざるを得ない。そのためには製造原価の主要部分を占める人件費を圧縮しなければ日本のメーカーが存続できない。言い方を換えると、世界的な労働市場に中国人が参入して供給過剰になったから、賃金が低下した、といえる。

GDPの貨幣で算出する指標でなく、実質で日本人の生活が豊かになっているかを考えてみる。物価は安価な中国製品あるいはたまたまのエネルギー価格の低下により下がっている。あわせて所得の名目値も下がっているのをデフレと言うが、実質でみた購買力(実質所得)はそんなに下がっているわけではないだろう。

消費税でいつも大騒ぎになるのは、政争の具としてとっておきだからだろう。過去にも内閣がつぶれた。安倍首相も日本経済の行く末より自内閣の存続のほうが大切だ。

5/15/2016

民主政治は多数決(日米の違い)

民主政治は究極には多数決だ。

米国のトランプ現象を見ていると、少数のエリート支配に非エリート層が反対し成功しつつあるように見える。もともと多数派なのだから、1%の超富裕層に反対する政治になって当たり前だ。デモをしなくても99%の政治が実現する。

日本の政治は以上の多数決になっていない。それは、与野党ともに99%を代表する政策を打ち出していないからだ。不毛な憲法論争で政策を争わないで、国民全体を代表するかで争ってほしい。その点、日本共産党みたいに「大企業から税金を取ればよい」との理屈は民度の高い日本人には通用しない。そこを野党は間違わないでほしい。

5/01/2016

トランプの支持者も護憲日本国民も同じ

前日の続き。

米国有権者の大部分は米国国益、すなわち米国民の幸福につながるわけだが、その国益につながる直接因果関係までしかわかっていない。超大国の米国が世界の秩序を維持していくのが、すなわち、米国の国益につながっていく、という複雑な因果関係までわからない。個々の国民の生活が苦しいのは、違法移民が低賃金で働くからだ、というのは直接因果でわかりやすい。

問題なのは、米国は行政府の長(大統領)は直接選出(公選)なので、このように素朴なある意味ワンイシュー政治が実現しやすいことだ。過去にはモンロー主義という孤立による世界政治への対応になったこともある。現在の世界で米国が孤立したら、ほかの大国同士で紛糾し、結果として貿易立国でもある米国の不利益になる。

日本は幸いなことに議院内閣制だ(過去、有力政治家が首相公選制を唱えたが成功しなかった)。議会も代議制で、間接民主主義の利点が最大となっている。代議士とそこから選ばれる閣僚は、有権者を代表して「総合的に」政策を組み立てることができるし、そのように期待される。

ワンイシューの代表として九条護憲の動きがある。自衛隊の活動を現状で抑えておけば、少なくとも自衛隊の死者は出ないかもしれない、という素朴な主張だ。同盟国・米国との関係から平和のための最適な自衛隊の活用にまで頭が回らないのであろう。

トランプを支持する米国民と護憲一本槍の日本国民とは同じだ。

4/30/2016

TVによる世論ではトランプの米国と日本は同じだ

TBSの看板番組「報道特集」を見た。TBSは放送法の中立性を疑われているが、この番組はその代表だ。

今夕のテーマはトランプ特集だったが、もう一つの柱は安倍改憲(反対)だった。後者については、ある駅前での街頭運動を伝えたが、改憲立場の運動もあったので、護憲改憲両方平等に扱っていた。TBSは安保法国会の報道に極端な偏りがあった、と指摘されていたため、気をつかっているのだろう。問題は、安倍首相のしゃべり方などを好き嫌いの観点から揶揄するような内容だった。

TVは所詮娯楽目的だ。安倍が好きか嫌いか、という内容だけだ。対立する思想の是非を考えさせることにはなり得ない。この報道特集はサヨクのための娯楽(慰み)と割り切ったらどうだろうか?TBSはそれとバランスをとる意味で、別にウヨク娯楽番組を編成したらよい(しないと思うが)。

米国ではトランプ候補の人気が高い。そのことで米国民の民度を低く見る向きがあるが、日本国民もテレビ漬けで同じだ。政治論争は活字媒体で、活字での論争に耐えうるインテリによって主導させざるを得ないのかもしれない。

4/23/2016

震災時にかねてよりの反原発などを便乗主張する愚

熊本震災は前震当日は直下型局所地震と思われた。被害が益城町と熊本市東部に限定されていたからだ。しかし、二日後の本震が襲い脆弱となっていた住宅あるいは斜面を重ねて揺すったため、被害が大震災並みになった。

もう一つは余震の規模があまり衰えずに続いていることだ。避難住民も自宅には戻れないし、復旧作業も着手できない。

以上の特徴があるので、被害がほぼ熊本県一県に限定されているのに、日本全体から注目されているのだろう。ここ20年ほどの大震災の規模を比べたら、東日本>>阪神>>中越≒熊本、ではないだろうか?

もう一つ特異的な社会現象として、この震災を巡って政治の世界で泥仕合が繰り返されていることだ。たとえば、かねてよりの反原発の自説をこの震災を奇貨として、避難者そっちのけで、アピールするのはどうかと思う。冷静な科学的議論が必要だが、震災復旧のめどがついてからにしたらよい。

4/16/2016

人は地震直接では死なない

地震直接で人が死ぬのは、今回で言えば、南阿蘇村などで発生した斜面崩壊に巻き込まれた場合などだろう(死者が出たかどうかはまだわかっていない)。

地震関連死のほとんどは人災だ。自宅で家具、建物の下敷きにあうのは自己責任だ。また、東海大学学生寮の一階の崩壊で死んだのは建物管理者の責任だ。

新宿ゴールデン街の放火でも、もし延焼して焼死者が出たとして、放火犯は第一原因者だが、第二の主要責任者は木造密集建物を放置した連中だ。

4/13/2016

火災死の「犯人」は木密にもある

今回の歌舞伎町ゴールデン街不審火の原因(放火あるいは失火)はまだわかっていない。夜の営業時間内でなかったので人身災害とはならなかったのは不幸中の幸いだ。

ゴールデン街は木密という木造密集地域にあたる。昭和戦後の雰囲気を残していて飲んべえには好評だ。しかし、放火にせよ失火にせよ火事になったら火の勢いは速く、酔っぱらいは逃げ切れず、人身災害になる恐れは大きい。

つまり、このような木密を放置することは火事災害のもう一つの「犯人」と言われても仕方がない。同じ歌舞伎町でも過去にもあったが消防施設の不備を放置する集合ビルなどの建物内で営業する(罪になる)と同じだ。